自分との約束を守るというのは、例えて言えば、禁煙に成功した満足感、あるいは富士山頂登山に成功した達成感、フルマラソンを走りきった後の充実感、そして、自信のようなものが混ざった晴れ晴れとした気分です。
だから自分との約束を守るというのは、何も高貴の生き方をするというのではなく、自分が自分をコントロールできるというこれまでと違った力を手に入れるようなことなのです。
試してみる価値はあります。しかも、もしその行為を通じて、ベンジャミンが言うように幸福になれるとしたら、なおさらに、自分と小さな約束を守るということは人生を豊かに生きる方法だと言えるでしょう。
是非、自分との約束を持って、何とかして守り抜いてみてください。そして、その数を少しづつ増やしてみませんか。ほんの少しづつで良いのです。
しかし、それをやるかやらないのか、そして、自分はどう考えるのかは、まさに人それぞれです。
「余計なお世話だ」と苦々しく感じる人もいるでしょう。それは、自由です。「偉そうなこと言って」と不機嫌になる人もいるかも知れません。それも自由です。どう考えるかは、自分自身なのですから、他人からとやかく言われる筋合いではないのです。
但し、自分の欠点や自分の悪い癖、当たり前だと思っている習慣などは、他人から指摘を受けなければ気づかないことというのは、以外に多いものです。
行動を変える原点は、気づきだと言われています。気づきがなければ、行動は変わらないのです。そして、一方で、変わろうとする気持ち、変わりたい、直したいという気持ちがなければ、決して気づくことができないのです。
つまり、「余計なお世話だ」とか、「偉そうなこと言って」と言うような人は、恐らく、この中の考え方に納得しないだけでなく、感情的に認められない、あるいは好きじゃないという気持ちがあるのだと思います。
そのことは否定しませんし、批判するつもりもありません。そのような感情があるということは、この文を読んでも、何の利益も生まないばかりか、時間の無駄なことでしょう。
それなら、もっと別のものを読んで、何かそこから得ることをしたいと思われるものに興味をもったほうが懸命なのです。自分が素直にそれを受け入れられ、何らかの感銘や共感を持てるというものでないと、ストレスだけが募ることでしょう。
以前、何人かの部下を個別に呼んで、同じような指導をしたことがあります。上司は自分の話を、部下が素直に聞いているか、それとも反抗的な態度で聞いているかは、恐らく簡単に感じることができるでしょう。
なぜなら、部下は簡単にその気持ちを言動や態度で表すからです。恐らく、部下のほうも、「自分は納得しない」ということを知らせたいのですから、当然にその気持ちは上司に伝わります。
このような経験を繰り返していると、ある内容について論理的に納得できない場合と、どんな内容であっても不満を持っている場合と、その内容に興味を持っていない場合など、部下の特性が見えてくるものです。
そんな中で、どんな内容であっても不満を持っている部下というのは、もはや上下関係は崩壊しています。
このような場合には、お互いに不幸になりますから、配属を変えるなどして、環境を変えたほうが懸命でしょう。
なぜなら、そのような関係では、何も生み出さないからです。勿論、上司というのは、そのような関係にならないように努力をすることは当然ですが、人間関係の中の、感情の縺れというのは、そう簡単ではありません。はっきり言って諦めたほうが良いでしょう。
本来、上司というのは、部下に対して指導する立場にあります。指導をするというのは、気づいていないことを気づかせることです。
「なるほど」「そういう考えもあるのか」など、上司の指導から学ぶものがなければならないのです。
もし、そのような上下関係になれないとしたら、それは、上司だけが悪いのではなく、部下と上司の相性ですから、仕方ないのかも知れません。
「なるほど」「そういう考えもあるのか」などと言った共感や感銘というのは、上司の話し方がどうだというだけの問題ではないのです。
理屈なしに好きか嫌いかというような感情も含め、素直に話を聞けるかどうかということであり、多分に部下側の感情に左右されてしまうのです。
つまり、気づきというのは、素直な気持ちになれる状態でないと、絶対に生まれないということなのです。反抗、反発する気持ちがあるとしたら、まず気づきは起きません。
気づきが起きないとしたら、真から行動を変えることはできないのです。仕方なく上司の命令に屈するかも知れませんが、自らの意思で行動しているのではないのです。
それでは、効果が半減どころか、その部下にとっては苦痛であり、何の改善にもならないのです。
トヨタのカンバン方式というのは、如何に気づきを起こさせられるかというところから出発しています。
小さなことや些細なことでも、問題意識を持たせ、気づきが起こることを奨励しているのです。
何か発見した際には、ボタンを押して、ラインを止めてまで、気づきの大切さを共有しているのです。そして、気づいたら、行動に移し、どうしたら改善するのかを話しあい、改良を繰り返すのです。
これは、人間関係でも同じです。自らが、問題意識を持ち、自分を成長させるためには、何かを変えて行きたいという気持ちがなければ、気づきは生まれません。
まだ若いのに、自分は完璧で、自分には自分のやり方があるという自惚れた考えがある人は、他人の言葉に耳を傾けません。だから、全うなことを言われても、素直に聞けず、批判されたとしか思えないのです。
親子関係を見れば判るでしょう。やがて思春期になり、反抗期になると、親の言うことがどんなに理に叶っていても、正しくても反発している間は、決して直そうとしないでしょう。
それが、信頼できる友たちに僅か一言いわれただけで、注意しなくてはと思ってしまうのです。
まずは、気づきを求めているかどうかです。それは裏返せば、自分の欠点を直し、成長しようとしているかどうかです。求めていないのなら、何を話しても無駄でしょう。
でも、気づきを求めているのなら、どうせなら、目先の感情はさておいて、他人の言葉に耳を傾けることです。それができないから気づけないのです。
気づけないというのは、素直になっていない証拠です。それは、人生において、あまり得な生き方とは言えないでしょうね。
(次回に続く)
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投稿者 :堀田信弘: 2010年7月12日 05:36