【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


技術者と営業  「活・喝・勝」


謙虚さと積極さ

もし本当に能力があるのとしたら、なぜ自信過剰に振舞うのでしょうか。実力があるのであれば、そこまで過剰に自己アピールしなくてもと思うのですが、常に評価に対し欲求不満なのでしょう。

それとも、謙虚になれない理由があるのでしょうか。それとも、謙虚の意味が理解できないのでしょうか。

実は、そういう私も、かつては謙虚ということを正しく理解していませんでした。

謙虚というのを辞書で引くと、『控えめで、慎ましやかなさま。自分の能力・地位などにおごることなく、素直な態度で人に接するさま。』とあります。

控えめということは、一歩引いて、出しゃばらずということでしょうか。慎ましやかというのは、黙って、おとなしくしていろということでしょうか。

もしその通りだとしたら、謙虚というのは、自分を抑え、我慢し、目立たないようにするということになってしまいます。

しかし一方で、素直な態度で人に接するさまともあります。素直に接するということは、自分を抑え、我慢し、目立たないようにすることではありませんね。何となく、謙虚というと、消極的なイメージがしますね。

ところで、諸国を修行して歩く僧のことを、禅宗では、雲水と言います。雲水修行では、余計なものを何も持たないということこそが修行にとって大切な条件だそうです。所有するものが少なければ少ないほど、「我」を捨てることができ、謙虚になれるのだそうです。

雲水修行では、行き先々で、食べ物を頂いたり、お寺に宿泊させて頂いたりします。しかし、お寺では、簡単には宿泊させてもらえません。何度の何度も頭を下げてお願いするそうです。

お寺の住職は、「我」を捨て切れずにいる雲水のことを簡単には受け入れません。住職の指導に完全に従い、お世話になりますという心境が見えなければ、何度でも断られるそうです。

ここで雲水が学ぶことは、「我」を捨てて謙虚になることです。謙虚さを理解するために雲水修行があるのです。

私は、そのような修行をしたことがありませんから偉そうなことは言えません。しかし、この話を聞いて少しだけ理解できたことは、謙虚さというのは、我を捨てることだということと、お世話になるという気持ちが大切であることを知りました。

そして、もう一つは、謙虚さとは消極的なことではなく、むしろ積極的に、前向きに何かを吸収しようとする強い意思の表れであるということです。

この話は、今から20年近く前、生まれて初めての営業研修の時に聞いた話です。営業マンにとって、如何に謙虚さが必要であるかを教えてくれた研修でした。

謙虚というのは、自分を抑え、我慢し、目立たないようにすることではないのです。素直に、自分らしさを出して、積極的に、教えや、学びを吸収したいという気持ちを表し、お世話になるという感謝の気持ちを表すことなのです。

つまり、謙虚というのは、単に消極的になるのではなく、積極的に吸収しようとする意思を示すことなのです。

このように聞くと、消極的に、控えめになるというイメージとは少し異なると思います。

さらに、重要なことで、最も難しいことは我を捨てるということです。これが簡単にできないから、謙虚さが伝わらないです。謙虚さがあっても、それが伝わるかどうかはどうやら我を捨てることができるかにかかっているようです。

どんなに謙虚な気持ちを持っていても、我があれば、謙虚さは伝わらないのです。謙虚さが伝わらないということは、どんなに控えめにしても、心の中で慎ましやかな気持ちを持っていたとしても、謙虚には見えないということなのです。

それではどうしたら我を捨てることができるのでしょう。

我が強い人というのは、心の中が、自分のことだけしか受け止められないように小さく、そして硬くなっているのです。そのため、他人の忠告を聞く余裕もないし、他人のことを気づかう余裕もないのです。

それに対し、心の中が、他人のことも受け止められるように大きく、柔らかくなっている人は、我が強くありません。つまり、心の器量が大きく、柔軟なのです。

それは、心が、教えや、学びを吸収したいという気持ちになっているからなのです。

我を捨てるということは、我が強くなっているところを改めるということです。教えや、学びを吸収したいという気持ちになることなのです。

ある年配の社長から「年下の人から好かれるのは、勢いや新しさ、憧れを感じさせるからだ。年上の人から好かれるのは、謙虚さがあるからだ」と言われたことがありました。

なるほど、謙虚さというのは、相手から教えや、学びを吸収したいという気持ちを伝えることなのだと思いました。

自分の能力・地位などにおごることなく、相手から何かを吸収しようという気持ちがあるということは、営業行為においても重要なことです。

「なるほど素晴らしい」「その方向で進めましょう」などと、相手の考えを受け入れ、尊重し、それを自分のことのように考え、もっとより良い形になるように提案する、これこそが、提案営業の形なのです。

営業は、押し付けではいけないのです。受け入れること、そして、それを膨らませること、それが謙虚であり、そしてかつ、積極的で前向きな姿勢なのだと思います。

謙虚さが大きければ大きいほど、その内数であるならば、積極的な態度を示しめすことは大きな意味があります。つまり、積極的というのは、謙虚さという大きさよりも小さくなければならないのです。

それが逆転して、謙虚さよりも、積極的が上回れば、時には強引に思えたり、我を張っているように思えたり、あるいは、自己中心の自信過剰に見えることでしょう。

どんどん自己アピールすることは良いことです。しかし、その積極的な姿勢は、謙虚さという大きさの器の中の範囲で行うべきなのです。もっともっと自己主張したいのなら、もっともっと謙虚になる必要があるのです。

謙虚さは、何かを吸収したいという強い意思の表れです。このような気持ちになることは、とても前向きであり、積極的な思考です。このように考えれば、如何に謙虚になれない人が、何かを吸収しようとしていないか、消極的で、自己保身かが判ることでしょう。

営業マンに限ったことではありませんが、謙虚さがある人のほうが、何をやっても上手く行くように思えます。もし、何か今、上手く行っていないということがあるとすれば、きっとどこかで謙虚になれていないのかも知れません。

(次回に続く)

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投稿者 :堀田信弘: 2010年7月16日 05:37