私たちの会社は、サービス業です。IT技術を駆使して、お客さまが満足するようなサービスを提供するのが仕事です。
究極的に言えば、技術を提供するのではなく、技術を用いて、お客さまの業績が良くなるようにお手伝いするのです。
お客さまが満足するのは、技術が優れているからというだけの理由ではなく、お客さまの業績を向上させたり、あるいはお客さまの不便さを取り除いたり、効率化して、喜んで頂くことなのです。
喜んで頂くということが、サービス業の原点です。そのためには、営業に携わる人だけがお客さまを意識して、謙虚さを身に着ければ良いというのではありません。
会社全体が、サービス業に携わる一員であることを認識しなければならないのです。事務部門でも、技術部門でも、サービス業で働く一員なのです。役目が異なるだけなのです。
そこで、サービス業として、お客さまに喜んで頂くには、全社員一人一人が、気配りができなければなりません。気配りとは、サービス業に従事する全社員の共通の姿勢です。
さて、難題ですが、気配りについて考えてみましょう。
私も、気配りについては、多くのことを学ぼうとしておりますが、それでもいつも誰よりも出来ていないという気持ちを持っています。そして、気配りに限りはなく、複雑であり、個別であり、答えが一つではないことも十分に認識する必要があるとも思っているのです。
ですから単純でありません。そこで、気配りの本質に入る前に、気配りをするためには、目配りが必要である、ということを知ることから考えて見たいと思います。
目配りというのは、色々な所に注意を行き届かせることを言います。つまり、周囲の様子を良く見て、知るということです。
しかし、目配りというのは、見ようという意識、知ろうという意識がなければできないのです。
私は一ヶ月ほど前、眼球にばい菌が入り、急に充血して痛みを感じました。
これまで、会社の近くの病院に行くということなどほとんどありませんでした。会社周辺の眼科を調べ、早速、近くの眼科に行ったのです。
するとその眼科は、休診日となっていて受診できませんでした。そこで、さらにもう一箇所の診療所に行きました。
すると今度は、受付時間が過ぎており、受診できないということでした。偶々、その近くの薬局に行くと、近くにもう一箇所別の眼科の病院があることを教えてもらい、無事にそこで受診することができました。
その周辺は、会社の近くで、私が単身で住んでいるマンションからも近くです。ところが、その周辺に眼科があることなど全く知らなかったのです。
しかも、眼科を探して、病院らしき看板を見ながら歩いてみると、これまで全く気にも留めなかった様々な診療科の病院や診療所が沢山あることを知ったのです。
普段、毎日歩いているようなところでも、関心を持たないと全く気にも留めず、何があるかなど見えていなかったのです。
これは一つの例ですが、人間というのは、意識をしないと見えないことが沢山あるのです。
まず、このことを知ることは重要なことです。関心や興味がなければ、目に映っていても見えないのです。意識しなければ、見えないのだということを十分に知ることが、目配りができる第一歩なのです。
つまり、目配りをするということは、関心や興味がないとできないのです。目配りというのは、色々な所に注意を行き届かせることですが、言い換えれば、色々な所に注意を行き届かせたいという考え、気持ちがなければ、行き届かないのです。これが目配りです。
人と向かい合って話しをすると、相手が退屈な態度をしているか、詰まらない様子なのか、時間を気にしていないかなど、様々な様子が判るはずです。
落ち着かない様子、手に汗をかいている様子、反対意見を言いたくてじれったい様子など、相手の様子に関心を持てばもつほど、相手の心の様子が手に取るように見えてくるはずです。
しかし、相手に目配りをするどころか、自分のことで精一杯になっていると、全く相手の様子に気づけません。目の前にいて、この目で見て見えているのに、心の様子が見えてこないのです。それは、見ようとしないからなのです。
人間は、意識しなければ、目に映っていても見えないのです。何度も何度も足を組み替えたり、肩を左右に揺すったりする動作というのは、心の様子を体で示しているのです。
これが人間の自然な姿なのです。その姿を冷静に注意深く見れば、相手がどのような心理状態にいるかおおよそ感じ取ることができることでしょう。
目配りができなければ、当然、気配りなどできるはずがありません。目で見て、その様子に応じた対応をするのが気配りなのですから、見えないことに対しては行動できないのです。だから、意識して、見ようとする気持ちがなければならないのです。
目配りというのは、相手に関心を持つことです。相手が心を開いてくれているか、信頼してくれているのか、相手をもてなしたいという気持ちがあれば生まれる御もてなしの気持ちなのです。
御もてなしの気持ちこそが、目配りができるということなのです。接客業であれば、困っているお客さまはいないか、空いたままの皿がそのままになっていないかなど、まさにお客さまへの御もてなしの気持ちの表れが目配りなのです。
このことは、お客さまとだけではありません。上司であれ、部下であれ、コミュニケーションを潤滑に行いたいと思えば、相手のこと思いやる目配りが大切なのです。
目配り上手は、コミュニケーション上手と言えるでしょう。
そこで今度は、目配り上手が、もっともっとコミュニケーション上手になれるように、聴き上手になる方法を考えてみます。
コミュニケーションというのは、話をしたり、聞いたりすることです。半分話をして、半分聞くという程度では普通です。
1/3話をして、2/3を聞くというくらいでなければならないのです。しかも、話をするのではなく、相手に話しをさせるための話、例えば質問などが1/3で、残りの2/3は、ただ聞くのではなく、真剣に聴くことなのです。
これもまた出来そうで簡単にできることではないですね。そういう私も、とてもとてもできずに苦しんでいる一人です。それでも、何とかコミュニケーション術を見につけたいと願ってやまないのです。
(次回に続く)
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投稿者 :堀田信弘: 2010年7月18日 05:37