【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


世の中について  「活・喝・勝」


聞く・聴く・訊く

相手に上手に話をすることや、人が感動をするような話をすることは、とても難しいことです。そのためか、話をすることよりも、話を聞くことのほうが簡単だと思われがちです。

しかし、聞き上手ということを勘違いしている人がいます。断じて言いますが、話をすることより、聞くことは簡単ではありません。だから、ただ黙って聞いていることが聞き上手だと勘違いするのは誤りです。

政治家が出る討論番組などを見ていると、決して話が上手には思えません。しかも、あのようなデシャバリ、出たがりの態度の人は、全く聞くことができていません。

つまり、聞き下手であり、話下手なのです。あれは、話をしているのではなく、言いたいことを喋っているに過ぎないのです。ただのお喋りは、話上手にも聞き上手にもなれないのです。

聞き上手というのは、一言で言えば、相手に話しをさせるのが上手という意味です。もう少し違った言い方をすると、聞き出し上手とも言えるでしょう。

だからただ黙っているだけでは、相手は話をし易くないのです。何も言わない人形やロボットの前で話をさせられているような状態なのですから当然です。

もっと簡単に言うと、耳で聞くのではなく、真剣に聴くことです。聴くという漢字は、耳と目を+して、心で聞くという文字です。

耳から音を聞くのではなく、相手に関心を持って、心から聴くのです。相手の話に耳を傾け、集中して、しかも同調して、真剣に聴くのです。

さらに、相手の考えを聞きだすことを、訊くと言います。訊ねるという意味です。訊くという字は、言うという字から成っていますから、こちらから声を出して訊ねることです。

つまり、訊くは、質問することなのです。

相手がもっと話をしたくなるように、話をし易くしてあげるには、訊くことをしなければならないのです。どんなに真剣に心から聴いていると言っても、そのことを態度で示しには、訊くという行動で相手に知らせなければ、心の中は伝わらないのです。

つまり、聞き上手というのは、心から真剣に聴いて、相手が話をしやすいように訊くことなのです。聴く+訊く=聞き上手ということなのです。

しかし、このことは簡単ではありません。

まず、聴くことですが、耳と目で、心から聞くと言いましたが、ポイントは目です。耳と目を使うことで、初めて聴くことができるのです。

例えば、異性の相手が、一生懸命に、あなたに恋の告白をしたとします。元々自分のほうもその相手に関心があって、好意の気持ちを持っていたのです。そのような場面を想像してみて下さい。

相手が一生懸命にあなたに話をしようとしています。その時、あなたの目はどうなっているでしょう。

恐らく、真剣な眼差しで、目を丸くして、心をドキドキさせながら、相手の顔を見つめているのではないでしょうか。

まさに、耳と目を使って真剣に聴いている様子が目に浮かぶことでしょう。このようなことが聴くということです。誰でも簡単にできますね。ただし、問題は、このような場面ではない時にできるかということです。

真剣な眼差しで、目を丸くするのは、相手に関心があるからです。目が丸くなって真剣に聴いている態度は、相手にも伝わります。つまり、目に心の様子が態度に表れるのです。

もし、営業マンであるならば、言葉少なめなお客さまで、あまり話しに乗り気でない人であっても、真剣に聴こうとする態度を目で表さなければならないのです。どのような人にもこのような態度ができるのは簡単なことではないのです。

そして、訊くことですが、これは、聴くことができなければ不可能です。興味も関心もなく、相手の話が詰まらないと思っていたら、とても訊くことなどできないのです。そして、訊くことができないということは、相手に話をさせられないということなのです。

相手に話をさせるには、できるだけ質問をすることです。こちらが関心を持っていれば、質問をしたくなるはずなのです。

質問をすることは難しくありません。一番簡単な方法は、オウム返しをして、疑問系に変えれば良いのです。

例えば「こういうことがあるのです」と相手が言ったら、「そういうことがあるのですか。それはなぜですか。」と続きを訊ねれば良いのです。なぜ、どうして、いつ、どのように、と疑問符を相手の言葉に続ければ良いのです。

そのように話に協調して、頷いて、相手の話に同調するのです。どんどん相手に話しを膨らませて行くのです。

これが聞き上手というものです。とても難しいことだと気づくことでしょう。

話し上手な人は、聞き上手のことを知っています。その逆に、聞き上手の人は、実は話し上手でもあるのです。

一方、話し下手な人は、聞き上手ではないことが多いです。それは、自分が話すことが苦手だと思っていると、話す側の気持ちや考えを察知することができないからです。

明さまに詰まらない態度をしたり、あくびをして退屈そうにしたり、あるいはソワソワと早く帰りたい素振りをしたりと、まるで聞きたくないということを相手に判ってほしいとしているかのようです。

誰しも、詰まらない話を聞いたら、時にそのような気持ちになることでしょう。しかし、詰まらないのだから仕方ないという気持ちを持っていると、いつの間にか、どのような人にも詰まらない態度が出るようになってしまうものです。だから聞き下手になるのです。

きっとそのような人は、人と話をすることも、聞くことも好きではないのかも知れません。つまり、コミュニケーションを取りたくないのかも知れません。

そのため、人とコミュニケーションを取るのは自ずとおっくうになり、もっともっとコミュニケーションを図るのが苦手になるのです。好きでないのだから、仕方ない、という考えもあるかも知れません。

しかし、そうして好んで引きこもってしまう状態に入ってしまうことには賛同できません。なぜなら、そのような状態に入ったら、中々抜け出せなくなるからです。

人付き合いが面倒になり、関わりを避けるようになると、人間として心の成長をそこで閉ざすことになるからです。それはとても不幸なことです。不幸という意味は、人間は一人では生きられない動物なのに、自ら生きられない方向に歩むからです。

人間にとって、人との関わりは、生きていく証なのです。生きていく術なのです。だから、人間が折角手に入れた他の動物にはないコミュニケーションという方法を捨ててはならないのです。

(次回に続く)

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投稿者 :堀田信弘: 2010年7月20日 05:38