無気力、無関心、無感動。これらの特徴を持つ学生のことをスチューデント・アパシー(Student apathy)というそうです。アパシーというのは、無気力・無感動なことです。
ある本によると、スチューデント・アパシーに陥りやすい人の性格と生活習慣が載っていました。アパシーになる2つの共通の性格とは、まずは完璧主義者です。
何でもきちんとやらなければ気がすまない性格の人ですが、時間に限りがある時や、他にも同時にやらなければならないことが重なったりすると、その性格とは裏腹に、全てが中途半端になってしまうという特徴があるそうです。
完璧主義者であるその人は、その中途半端な状態が許せず、そのような失敗をすると、直ぐに無気力状態に陥りやすいのだそうです。
さらにもう一つの特徴は、体内時計の調整が苦手な人だそうです。スチューデント・アパシーになる人は、朝が苦手で、朝から学校に行くことができません。
そもそも人間の体内時計は、一日が24時間ではなく、25時間だそうです。従って、そのまま放っておくと、毎日1時間づつ後ろにずれて行ってしまうのです。それを、朝起きて日光にあたると脳にセレトニンが増えて、体内時計を元に戻すのです。
スチューデント・アパシーになる人は、夜型の傾向が強く、それまでの中学・高校とは違って一人で早起きしなければならないことができず、朝起きられないのが常態化してしまうのだそうです。
何となく無気力、無関心、無感動という言葉は、このような学生には起こるべきして起きているように思えます。
しかし、完璧主義者で、朝が弱いという共通点だけをみると、無気力、無関心、無感動という症状がでるのは、何も学生に限ったことではないはずです。
4年間の大学生活でアパシーであった人が、それから30年間、無事に社会人生活を過ごすことができるのでしょうか。あるいは、大学の時にはアパシーでなかった人でも、長い30年間の間にはアパシーになってしまうことがあるのではないでしょうか。
私は専門家ではないので、完璧主義者で、朝が弱いという共通点だけを取り上げて、それがアパシーになる特徴であるということを言い切ることはできません。
完璧主義者で、朝が弱い人など世の中には沢山いますので、それが絶対要件ではないと思います。また、仮に完璧主義者で、朝が弱い人がアパシーになり易いということを認めたとしても、その逆にアパシーだから朝が弱いということも言えるはずです。
そもそも、無気力、無関心、無感動の人が朝早起きするとは思えません。朝弱いから無気力、無関心、無感動になるのではなく、無気力、無関心、無感動だから朝が弱いと考えたほうが妥当に思います。
また、完璧主義者だからこそ、無気力、無関心、無感動になるというよりは、無気力、無関心、無感動の人の中には完璧主義者の人がいると言ったほうが妥当でしょう。
しかしこの場は何れにしても、アパシーを分析して研究する場ではありませんから、専門的な解釈は、専門家に任せることにします。
それよりも会社経営者として考えてみると、無気力、無関心、無感動な部下がいたら、果たしてどうやって指導したら良いかということです。あるいは、無気力、無関心、無感動な部下を生まず、気力、関心、感動のある集団にするにはどうしたら良いかです。
皆さんなら、気力、関心、感動のある集団というのは、どのような集団を思い浮かべますか。
私は、自発的な集団、これこそが気力、関心、感動のある集団であると考えます。
自発的に行動ができ、自発的に反省し、自発的に見直し、自発的に目標を掲げることができる集団です。
そのような組織で働いている人たちは、当然、自発的な人たちの集まりのはずです。気力、関心、感動というのは、自発的に行動しなければ得られないのです。
さて、どうしたら自発的な集団、組織にすることができるでしょう。
自発的の対義語は、受動的です。簡単に言えば、受身です。それに対し、自発的というのは、前向きです。人から言われてするのではなく、自ら考えて行動することです。
そのためには、行動するための答えを教えるのではなく、行動するために何が必要かを考えさせることが重要なのでしょう。
自発的に行動するには、自発的に考えさせることが第一歩だと思うのです。自分が考えたことなら行動し易いですが、他人が考えたことを行動するのは中々本気にはなれません。
自分で考えたことを、自分で行えるようにしてあげれば、自ずと自発的に行動できるはずです。そもそも気力がある、関心を持つ、感動するということは、他人から与えてもらうのではなく、自ら感じるものですから当然なことです。
その当然なことを推奨すれば良いのです。そして、より自発的な人をどんどん抜擢していけば良いのです。推奨するということは、会社が認め、より高い自由度と責任を与えてあげることですから、抜擢することが会社としての意思なのです。
組織における最大の力は、力を結集した時です。力の結集というのは、それぞれの力を持ち合って、出し切った時に表れるのです。それが最大限にできるのは、自発的な集団であると思うのです。
しかし、組織の中に入ると、どうしても受動的になりやすくなってしまいます。言われたことをやっていたほうが楽であり、責任も転換できるからです。
自発的というのは、責任も伴うのです。責任を好んで引き受ける人が少なくなってきているように思います。それは失敗を恐れ、リスクを回避しようとする気持ちが働くからでしょう。あるいは、苦労をしたくないという気持ちがあるのかも知れません。
もし大半の人がそうであったとしても、組織のリーダーは、それでは問題です。リーダーが自発的でなく、部下が自発的になれるはずがありません。だから、組織のリーダーにする際の条件は、能力や成果よりも自発的に行動できるかどうかがポイントになるのです。
アパシーの学生は朝が苦手だと言いましたが、リーダーにとって苦手や、好き嫌いというのは関係ありません。それを気力で跳ね返すやる気がなければならないのです。
だから、わが社の幹部社員は、責任が重い人ほど、自然に朝早く出勤しています。これは、受動的ではなく、自発的な行動の表れなのです。
そもそも、アパシーの学生のように、朝が苦手だと言っているようなリーダーには、自発的に行動できる組織にすることなど任せられるはずがありません。リーダーがやる気に漲っていなければ、組織は活性化せず、自発的な行動を受け入れられるはずもないのです。
気力がある、関心を持つ、感動することができる自発的な考え、行動ができる人たちが集まった組織、これこそが、これからの激動、激変の時代を勝ち残る集団になることでしょう。
(次回に続く)
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投稿者 :堀田信弘: 2010年7月26日 05:40