折角一生懸命にしていても、取っつきにくくて、近寄りがたい存在だと、ユーモアのある人に比べ大きな損をすることになりますね。人から好かれるというのは、能力だけでなく、人間的な魅力が必要なのです。
自分では、そんなつもりはなくても、無愛想で、不機嫌に見られるというのは、第一印象から付き合いづらいと感じさせ、それ以降の関わりに大きなハンディを背負ってしまうことになるのです。最初からマイナスのスタートになっては、プラスにするには大変です。
第一印象というのは、その人のイメージを勝手に、一方的に植え付けてしまうことから、「自分はそんなつもりはない」と言い訳すらできないので、余程の注意が必要なのです。
そうは言っても相手との相性もあるでしょうし、相手が勝手に感じることだから、どうしようもできないのも事実です。けれど、だからと言って、マイナスイメージを持たれるよりは、できるだけプラスイメージを持たれるほうが良いに決まっています。
相手が勝手に評価するのだから、仕方ないと放っておくようでは、あまりにももったいないとしか言いようがありません。ではどのようにしたら良いのでしょう。相性もあるのですから、いつもいつも良いイメージを持たれるというようなことは可能なのでしょうか。
ところが、世の中には、かなりの確率で良い印象を持たれるという人が存在するものです。
まったく羨ましい限りですが、もう少し分析してみると、好かれるというには、どうやら理由があるようにも思えます。
実は、私の身近にも、そのようなイメージの良い人で、結果として、信頼でき、尊敬できる人がいます。
その人は、誰からも好かれるタイプで、可愛がられるというような言い方のほうが正しいくらい、第一印象の良い人です。
その人の特徴は、一言で言うと知ったかぶりをしないと言うことです。この一言に尽きます。
このことは、小さな子供たちの姿を見れば理解できるはずです。
子供たちに、「これ知っている?」と訊ねると、「知ってる、知ってる」と知っていることを自己主張する子と、「なになに、教えて、教えて」と寄り添ってくる子とでは、どちらが愛想が良いでしょう。
このことは大人でも同じです。知ったかぶりをするよりも、「なになに、教えて、教えて」と、こちらの話を興味深く聞こうとするほうが遥かに、人なつこいと思いませんか。クラブなどの飲み屋などで、隣に座る女の子のことを考えてみれば、判ることでしょう。
知ったかぶりをしないと言うことです。この一言に尽きます。私には、とてもとても真似のできないことです。
知ったかぶりをせず、時には知らないことばかりのように見えて、知ろうとする意欲がとても感じられるのです。しかし、その人は、知識がない訳ではありません。教養がないのとも違います。
知らないことを、どんどん相手から教えてもらうというような姿勢が感じられるのです。
しかも、教えて頂くというような低姿勢な態度があり、またそれでいてその教えを吸収しようとする気持ちを相手に伝えるのが上手で、教える側も、悪い気がしないのです。教えてもらうことがとても上手だと言えるでしょう。
それを第一印象のときから、かもし出せるのですから、素晴らしいのです。しかも、計画的に意図的にするのではなく、自然に、ありのままに素直にそれが表現できるのです。作った姿ではないというのが、真似できない大きな点なのです。
それは、単に第一印象の時だけでなく、その後もずっと何かにつけては、「教えて頂けませんか」と相手を敬い、そして教えて頂いたことに、学んだことに、「ありがとうございます。とても勉強になりました。また色々なことをお教え下さい」とお礼を言うのです。
このような人が嫌われるはずがありません。そして、得をする、徳のある人なのです。だから、単に人が良いと思われるだけでなく、信頼もされ、そして時には、その頭の低さに尊敬すらされるのです。
さらに、そのような人は、とても心が優しく、謙虚で、親切な人でもあります。そして、実は教養があり、慈悲深いのだと見受けられます。だから、そのような人になろうとしても、急に真似できるはずがありません。
しかし、自然に、ありのままに素直にそれができないにしろ、少しでもそのような人に近づくには、多少、意図してでも意識して心がけることが重要なのでしょう。真似できなくても、真似するところから始めて見るのも手なのだと思います。
現に、私はその人から「知っていることを伝えることよりも、知らないことを伝えたほうが良い」というようなことを教えてもらいました。そして、その人も、できるだけ「何でも教えて頂こう」と意識的に人と接するようにしてきたということを聞きました。
なるほど、誰もが始めからできるわけではなく、自分がそのようになりたいと思うことが重要なのだと感じたのです。自然にできるようになるためには、意図して行おうとするところから始めないと、簡単にはできないのだとも知ったのです。
何よりも重要なことは、自分がそのような人になりたいのか、なりたくないのか、それともそんなこと微塵も考えていないのかという点です。
もし、仮に自分もそのような人のように第一印象を良く思われたいという気持ちがあるとすれば、第一印象が良いと思う人を真似るところから始めることが一番なのです。
例えそれが真似だと言われたとしても、全く何も考えず、第一印象など悪くても良いと考える人と比べたら雲泥の差なのです。
私は、知ったかぶりばかりしてしまいます。教えて頂こうという気持ちが薄いのです。知らないということを堂々と伝えることができない性分なのです。だから、駄目なのです。可愛がられないのでしょう。
そこまで自覚していたら、直さなければなりませんね。直そうと心がけなければならないでしょう。しかし、人間は、そう簡単には直るものではありません。だからこそ、少しづつでも良いから、ほんの僅かな一歩でも直していこうとする気持ちが大切なのでしょうね。
そして、知らないことのほうが、知っていることよりももっと大切なことを得られることもあるのです。
自分の知っていることを伝えるだけでは、それ以上のことを知る機会を失ってしまうことだってあるのです。多少知っていたとしても、真理まで知り尽くしている人間などいないのです。表面だけを知っているのに過ぎないのです。
(次回に続く)
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投稿者 :堀田信弘: 2010年8月 5日 05:22