【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


ビジネスについて  「活・喝・勝」


感謝の気持ちを御裾分け

仏教では、自分が利益(りえき)を得るということだけでなく、他の人を益するということ、恵みを与えるということがなければならないとされています。そのことをご利益(りやく)と言います。

仏教では、自らが利益(りやく)を得ることは同時に、他の人びとにも利益(りやく)することでなければならないとされているのです。

この考え方に似たようなものとして、御裾分け(おすそわけ)というものがあります。他人から貰った品物や利益の一部などを、さらに友人や知人などに分け与えるということです。

自分だけが独り占めするのではなく、近所の人や知人に、頂いたものを、分割して、僅かな量でも共有することで、気持ちも共有したいと考えるのだと思います。

御裾分けとは、着物のすそを分けるという意味です。着物の端っこであるすそは、着物全体からすれば、「つまらないものですが」という意味で使われるのです。何とも、日本的な良い風習だと思いませんか。

しかし、都会で暮らすようになると、御裾分けというような考えや、場面がなくなっているようですね。

私の田舎では、お葬式の供物などを、近所の人に御裾分けする習慣があります。十数軒の人たちにできるだけ満遍なく分けようとしますから、実は分ける側の自分の家には、ほとんど何も残りません。

それでも考えてみれば、供物として頂いたもので、元々家にあったものではないですから、それを分けても損をするというような考えはなく、むしろ、皆さんに「ありがとうございます」と言われると、なるほど、これが御裾分けの良い点なのだと感じるものです。

そうして、また別のお葬式があれば、今度は頂く側になる訳で、結局は巡り回っているのだということを実感できるのです。つまり、お互いさまということなのでしょう。

ビジネスの世界でも御裾分けという考え方は、必要だと思うのです。

例えば、人脈もそうです。人が人を呼び、人に呼ばれ、次第に人脈というのは広がります。

最近、私は、なるべく紹介された人を、また別の人に紹介するように心がけています。まさに人脈の御裾分けです。

このことに気づいたのは、人脈が広がるのが早い、そして深くなるということを実感したからです。

一年間に何百人もの新たな出会いがありますが、そのほとんどは、一度きりで終わってしまうような薄い関係です。折角出会っても、次回会うというところまで進まないのがほとんどなのです。

考えてみればもったいないことです。お互いに、出会いを求め、お互いに何か一緒にできないかを期待して、僅かな確率でありながら、やっと出会ったのに、何も進まないのです。

中には、とても良い雰囲気で、相性も合いそうな感じで話を終えても、直ぐに次に進むことがないと、時間があいてしまい、それ以降途切れてしまうのです。決して、悪い印象でもなく、何かのきっかけがあればと思っているのですが、進まないのです。

そこで、できるだけそのような人と出会った時には、誰か知り合いに紹介することを心がけるようにすることで、二回目のきっかけを作ろうと考えました。

すると、別の人を紹介するということで、二回目のきっかけができるだけでなく、新しい展開を得ることができるのです。

それは、新しい出会いの場を提供することで、自分との間では直ぐに次の展開が考えられなかったものが、別の人との出会いによって、ビジネスのきっかけを与えることができたりするのです。つまり、キューピットの役割になるのですね。

この人脈の御裾分けによって、自分の人脈も広がるだけでなく、深くすることもできるのです。新しい人を紹介してあげたお陰で、その恩返しのように、また別の人を紹介してくれたりもするのです。

これは、御裾分けをしていることの実感を、手に取るように把握できるのです。

ビジネスの世界では、情報も重要な御裾分けの対象となります。

情報を得るには、情報を持っていなければなりません。そして同時に、情報をもたらすことができなければ、情報はやってこないのです。つまり、情報を得るには、情報を出さなければならないのです。

これを実現するには、情報を御裾分けすることが一番です。自分が得られた情報を知人に御裾分けをすると、不思議に新しい情報が舞い込んでくるのです。

情報をもっていない人には、情報は集まりません。情報を出してくれない人にも、情報を出したいと思わないのです。情報を持っていると思ってくれなければ、「こんなこと知っている?」と訊ねられないのです。

訊ねられるというのは、相手がより詳しい情報を知りたがっている証拠です。もし、それに関する情報があれば、御裾分けすれば良いでしょう。もし、それに関する情報がなければ、「それってどんなこと?」と聞き返して、情報を得れば良いのです。

そのことができる間柄になるには、お互いに御裾分けできる気持ちがないとできないのです。

それと御裾分けのもう一つ重要なことは、「ありがとう」という気持ちを御裾分けすることだと思います。このことが最も重要なことかも知れません。

人脈であれ、情報であれ、何か「ありがとう」の気持ちを伝えようと、その人のためになること、その人が喜んでもらえるようなことを御裾分けしようとすることが大切です。

自分主体で、何かを得たい、という欲望、欲求が先では、御裾分けではありません。相手に「ありがとう」の気持ちを伝えたいということがなければ御裾分けではないのです。

近所の方々が、仕事を休んでまでも、お葬式のお手伝いをして頂いたお礼に、供物を御裾分けするのは、「ありがとう」という気持ちを形で表すためなのです。

その感謝の気持ちがもてなければ、ただの儀式的、儀礼的になり、それでは、再びこちら側に「ありがとう」という言葉はかえってこないのです。

こちらが最初に「ありがとう」の気持ちを行動で表せば、必ず、その結果は、「ありがとう」の言葉で戻ってきます。これこそが、「ありがとう」の御裾分けなのです。

御裾分けというのは、もらいたいから行うのではなく、与えたいという気持ちから始まるのです。与えることができなければ、与えられることもないのです。

情報を出さなければ、情報が得られないというのは、御裾分けの原点である与えることが先ということなのでしょう。

これから私は、ホーチミンに向かいます。少しでも多くの御裾分けができるネタを見つけ、しっかりと持ち帰ってきたいと思います。そして、同時に、日本からの御裾分けも持って行こうと思います。

(次回に続く)

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2010年8月 9日 05:23