成功した人を羨ましく思うだけでなく、「金持ちだからできるのだ」と、自分ができない理由を、お金がないからだと言う人がいますが、それは違うと思います。
成功したからお金があるのは当然ですが、成功するためのことをやってきたからお金がついてきたのです。
世の中には、最初からお金をもっている人もいることも事実ですが、そうでない人も沢山います。それを知らずして、成功者のことを妬むだけでなく、ひがみの気持ちを持つようでは、最初から成功者にはなれない性格だと言えるでしょう。
ひがみや妬みは、幸せを逃がしてしまうのです。さて、そのひがみや妬みですが、そのような風景はすぐ近くにも、あちこちに見受けられることでしょう。
男女の間柄よりも、男同士のひがみ、妬みというのは、もっと恐ろしいものがあります。
会社の中でも、部下同士、部下と上司の関係というのは、常にひがみ、妬みが付きまとっているようです。
ある上司が、特定の部下をひいきしているように見えると、それ以外の人は、その上司も部下も両方に対して、ひがみ、妬みを感じることでしょう。所謂、嫉妬というものです。
もし、それが能力や結果に関係なく、何か特別な利害関係があるのなら話は別ですが、ここでは恋愛感情のような三角関係話の例を取り上げるのではなく、ごく一般的な上司と部下という関係で冷静に見てみたいと思います。
このことは、上司という経験をした人ならば、誰もが部下同士のひがみや妬みがあることを感じるはずです。自分が部下の時には気づかなかったことが、上司になると気づくのです。
それなのに、上司になってからも、未だに、同僚に対し、ひがみやみの感情を抱き、出世レースで蹴落とそうとするような人がいるものです。
結論から言うと、ひがみや妬みを持つ人は、成功者にはなれません。
何かの間違いで、その上の上司がまんまとそのひがみ、妬みを持つ人の罠にかかってしまい、運良く出世できたとしても、その程度の人間です。一歩、外に放り出されれば、自分一人では何もできないことを痛感するはずです。
ひがみ、妬みというのは、簡単に言うと嫉妬です。嫉妬というのは、自分に対する評価よりも、他人の評価のほうが高く、しかもその高い評価について納得できないということから生まれるのです。
つまり、上司は、特別にひいきをして、甘い評価をしているのであって、それは自分のことよりも嫉妬の対象者のほうが好かれているからだと思うのです。自分は好かれずに、あいつは好かれているという、嫉妬心そのものなのです。
実はこの現象、嫉妬する、しないは別にして、とても自然な現象なのです。嫉妬する人が感じるように、他人の評価のほうが高く、しかもその高い評価について納得できないということは当然のように起きるのです。
しかも、上司は、特別にひいきをして、甘い評価をするものなのです。そのことを否定するところから考えること事態が間違いなのです。
会社は、学校ではありません。成績を公正で公平に評価するのとは違うのです。点数のつけ方を明確にし、配分率などを定義したとして意味がないのです。
そもそも、会社で働く人の評価の前に、会社は顧客から評価を受けます。その評価には、評価制度があるわけでもなく、点数化されているわけでも、そして直接評価結果を聞けるものでもないのです。発注、失注という形で評価を受けるのみなのです。
場合によっては、失注どころか、交渉のテーブルにさえ乗れないことだって日常的です。「評価して下さい」と自社のアピールすらできないことだってあるのです。評価されるだけまだマシなほうなのです。しかも、その評価に対等も公平もあるはずがありません。
価格が安かろうと、性能が良かろうとも、系列会社の付き合いから、取り次いでももらえないことも茶飯事です。これでも、何とか顧客に評価されたい、できれば受注という最高の評価をもらいたいと、あれこれと知恵を出しながら、特別な配慮を頂くのです。
その配慮のことを、「ごひいき」と言います。ひいき頂けなければ受注にはならないです。これがビジネスの世界です。
さて、そのようなビジネスの世界で競争している会社の社員は、どのような存在でしょう。
私たち会社員は、公務員ではありません。つまり、間接部門であろうが技術部門であろうが、会社として顧客の評価を受ける側にいるのです。全ては、顧客に左右されるのです。
上司の仕事は、組織を率いて、どうしたら顧客から評価が得られるかを考えます。その時に、コスト削減をすることで提供価格を低く抑えようと考えるでしょうし、生産性を上げることで単価を低くして受注しやすくしようともすることでしょう。
その時に、上司は部下を、活用します。最も上司が進めようとしている考え方を理解できて、行動できるような人を、それぞれの適正を見ながら活用しようとするのです。
その時、活用できない人、活用しづらい人など、簡単に言うと、使いづらい人には必然的に重要な仕事を頼むはずがありません。しかも、そこに至るには、昨日、今日の話ではなく、過去の積み重ねで判断されるのです。
恐らく過去に仕事を頼もうとした時に、断った、などのことがあったのでしょう。それに比べ、すんなりと快く仕事を受け取ってくれた人のことはどう思うでしょう。次にもまた仕事を頼もうとするはずです。
しかも、成果を出せば出すほど、もっともっと高いレベルの仕事がその人に集まるようになるのは必然的なのです。
どんなに自分は能力があると言っても、使いづらい部下だと思われては、重要な仕事が来るはずがありません。重要な仕事をしていないのですから、評価も低いのは当然です。そこで結果を出したと主張したとしても、それは虚しい遠吠えです。
これは、上司が部下を活用しようとする時、部下も上司を活用しようとする気持ちの一致が、仕事を遂行する上で、とても重要だと言うことを意味しているのです。
そこには相性もあることでしょうし、好き嫌いもあるでしょう。しかし、人間と人間が一緒に仕事をする際に、そのような感情も大きなファクターになるということぐらいは、顧客を相手に働いている会社員なら当然のように知らなければならないのです。
このように冷徹なようなことを述べると、「論理的でない」「一方的だ」、しまいには「民主的でない」「封建的な考えだ」と反論する人がいることでしょう。しかし、このことは、一度でも上司を務めたことがある人なら、誰にでも理解できるはずです。
部下からすると、曖昧で、非定型的な受け入れがたい感情が起こることは理解できます。
しかし、現実として、組織の中には、活用できる人と、活用できない人がいることは、能力がある、なしとは関係なく明らかに存在するのです。
(次回に続く)
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投稿者 :堀田信弘: 2010年8月13日 05:28