【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


経営者について  「活・喝・勝」


頭の疲れとストレスと.....

本を読むことは、頭にビタミンを与えるようなものだと思うのです。ビタミンはよく機械の潤滑油に例えられますが、潤滑油というのは、機械を長持ちさせたり、故障を防いだりするためのものです。

つまり、体も様々な臓器という部品からなっている機械に例えると、その臓器の働きを助け、故障という病気を起こさないように、調子を整えてくれるものなのです。

例えば、ビタミンAというのは、目の機能を正常に保ったり、粘膜や皮膚を強くしたり、あるいは抗がん作用あるものだと言われています。

ビタミンには様々な種類がありますが、その種類ごとに効用が異なり、どれを取っても不足してはならない大切な栄養素なのです。

私にとって本は、体にとって必要不可欠なビタミンと同様に、重要な栄養素なのです。

頭という機械が潤滑に働くように、栄養素である本を与えるのです。これは、同時に頭だけでなく、心という見えない臓器にも行渡ります。

実は正直なところ、頭にビタミンを与えると言いながら、実際には、その効用が心に効くことを知っていて、心に届くようなビタミン剤を探していると言ったほうが正確かも知れません。

経営者の生活をしていると、体が疲れるというよりも、酷く頭が疲れることを感じるようになります。体の疲れは、筋肉痛などのように痛いところが表れたり、だるくて、眠くてしかたなくなったりします。

しかし、疲れるのは体だけではありません。頭の中も疲れます。

私の場合には、経営者になって大きな責任を背負うようになってから自覚するようになりました。最初の頃は、ストレスなどによる精神的な疲れだと思っていました。

ところが、数年前に病気で入院した時、ストレスが影響しているだけでなく、頭にも疲れがでることも知ったのです。大学病院に入院し、高血圧症と、同時に神経の強張りが出やすい体質であることを知りました。

今では、毎朝5種類もの薬を飲んでいます。それは一度服用すると一生止めることができず、欠かすことができないものとなりました。

脳の疲労をそのままにしておくと自律神経などが失調し、循環器系の低下などを招く恐れがあります。これは、単にストレスが原因だというのではなく、体の疲れと同様に、頭の疲れが原因なのです。

私たちは、理論的な考えをする時、脳では左脳が使われます。私の場合には、特にこの傾向が強く、年がら年中頭の中でパズルを組み立てるような左脳ばかりを酷使します。

左脳ばかりを使いすぎると、脳に偏りが出て、脳全体が休まらないため脳内温度が上昇するそうです。その脳内温度が上昇している状態が、脳が疲れている状態なのです。

それは、前述した通り、神経などにも影響し、肩こりや頭痛が起きます。私の場合には、偏頭痛が酷くなり、自覚症状がでるのです。

左脳を休ませるには、音楽を聴いたり、映画を見たり、好きなことをして右脳を働かせることで、左脳とのバランスを取ることです。

私は自身の体験により、頭の仕組みや体の仕組みを知るようになりました。これを知るまでの私は、全てをストレスのせいにしていたのです。

そして、同時に、頭の疲れを、精神的な心のものと考えていました。しかし、人間には、心という臓器は存在しません。心の元は、心臓の傍にあるのではなく、頭の中にあるのです。

ストレスのせいで精神的に疲れ、肉体に影響するのではなく、頭の疲れが、肉体に影響を与えているのです。

ストレスを解消しようとすることはとても重要なことです。そして、それは同時に頭の疲れを取り除くことでもあるのです。

しかし、体と頭の仕組みを知らない人は、目で見えないストレスと戦おうとします。あるいは、全くその逆に、ストレスから逃れようとします。

ところが、目に見えないストレスから逃げることはできません。ストレスのない社会に行こうとしても困難です。

ストレスを恐れては行けません。そして何もかもストレスのせいにして、全ての原因はストレスであるかのようにすることも問題です。

ストレスから逃げるのではなく、ストレスと向かい合って疲れた頭を癒すのです。それは、歩きすぎた足を休めるのと同じです。

運動をして体が疲れた時、それをストレスのせいにはしないですね。ならば同様に、頭が疲れている時にも、それをストレスのせいにするのではなく、頭を使って、脳内温度が上昇していること解消するのです。

ストレスが目で見えないのなら、心も目で見えません。心が疲れたというのは、あまりにもセンチメンタルであり、逃避したいという感情の表れです。しかし、その感情のままに、本当に逃避行動に出るようでは、麻薬に手を出すのと変わらないように思えます。

そのような気持ちを持ち続けると、生きていることにさえ、疲れを感じてしまいます。

それでは人生楽しくありません。

生きているだけで丸儲けなのに、何のために生きているのかと考え出したら、死を求めて生きているようです。

そんなに死を急いでどうするのですか。長生きしたいのでしょう。それなら、体が疲れた時に体を休めるように、頭が疲れた時には頭の疲れを取ることを覚えれば良いのです。

長生きしたい人が運動をして、体が疲れたから死にたいとは言わないでしょう。体のために運動をしているのですから当然です。頭を使うのも同じではないですか。

動物と違って、頭を使うのが人間なのですから、頭を使わないようにすることを考えるのは無理があるのです。そして長生きするために運動するのと同様に、頭を使ったほうが、ボケにならないのも事実なのです。それなら、時々疲れた頭も癒しましょう。

このように頭のことを考えたり、ストレスと向かい合うことと言うのは、とても重要なことだと思うのです。それは、人間が生きていく、生き抜く上で重要なことなのです。

こんなことを知らない若い高校生は、少しのストレスを感じただけでも死にたいと簡単に言い出します。現に、若い人の自殺が増えているのは、頭が疲れていることを、心が疲れたこととし、心の疲れを取る方法などないと決め付けてしまうのだと思うのです。

人間にとって、頭も単なる体の一部です。足や腰と同様に疲れもでます。それだけのことです。

たったそれだけのことだと思うようにすれば良いのです。私だって、死にたいくらいの気持ちになることはしばしばですが、意図的に、意識して、たったそれだけのことだと思うようにしているのです。そうでなければ、やっていけませんよ。

そして、自分の体の疲れは、自分で癒しましょう。自分で癒す方法を見つける以外にないのです。

(次回に続く)

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2010年8月29日 05:33