ベトナムでは、日本でのやり方が全く通用しません。通用しないだけでなく、相手の出方が全く理解できないのです。
例えば、相手から出てくる情報は、二転三転します。日本人なら、コロコロと変わるような話をするような人のことを信用できないとか、話にならないと言って相手にしないことでしょう。
しかし、それは日本人の論理です。二転三転するかのように感じますが、実際には情報を小出しにしか出さないため、詳細が判らないような状態に陥るのです。
これは、こちらも相手を信用していないだけでなく、相手もこちらを信用していないという表れなのです。簡単に言えば、情報戦です。
確実で正確な情報だけを最初から求めても、情報を大切にする彼らは、そう簡単にはそれに応じてくれません。
10個の質問をしても1つの回答しか得られず、なぜ他の回答ができないのかと、疑心暗鬼になり、こちらをイラつかせます。
やっと二つ目が出てきたと思ったら、一つ目の話とつじつまが合いません。しかし、後から判ったことですが、つじつまが合わないというのは、こちら側の一方的な思い込みでした。
相手は手の内を明かしていませんから、勝手に想像し情報を繋ぎ合わせようとしてしまうのです。そのため、霧の中に迷い込んだ感覚に陥り、情報に振り回されてしまいます。
結局今回も、最後の最後の日まで、その全容は明らかにされませんでした。相手は、情報を小出しにすることで、ギリギリまで対等に交渉しようとしていたのです。
仲介役を務めた私は、日本側とベトナム側の間に挟まって、双方向から殴られるサウンドバック状態となりました。
日本側が何かを要求すると、ベトナム側もそれに対応しようと、要求をしてくるか、あるいは、複数の要求のうち、一つしか回答しないのです。
仲介役として冷静に双方を見てみると、飄々としているのはベトナム人のほうです。日本側は、より詳細を出すようにエスカレートし、ベトナム側はそれを見越したかのように肩透かしを行います。
こちらが強く言えば、相手も強く言うという、当たり前のことが目の前で行われました。しかし、目の前にいない日本側は、不信感が募ることでしょう。そして、途中で投げ出したくなったに違いありません。
私が今回、その交渉相手から学んだことは、二つあります。
一つは、交渉はタフでなければならないことです。そして、二つ目は、大きな点から決めていくということです。
まず最初のタフという意味は、粘り強く、根気強く、切れないで対応するということです。
私のスタッフで通訳の女子社員は、通訳が続けられないほどに罵倒され、声を出して泣き出してしまうような場面もありました。
私の言葉を通訳し、それを相手に伝えているだけなのに、相手の迫力に圧倒され、とても通訳できるような状態ではなくなってしまうのです。
強気でした。豪腕と言えるでしょう。これは、一般的なベトナム人のことではありません。今回の相手が特別に強い人だったのです。
交渉時間は毎日5時間以上におよびました。何度も席を立ちたいと思うくらい腹立たしく、煩わしいと思ったこともありました。それでも、必死で食らえ着く姿勢を見せなければ、こちらより先に相手のほうが席を立ったかも知れませんでした。
交渉が長引いた理由は、日本人は細かいところからリスクヘッジして行くという習性があるからに思います。
それが二つ目に得た、大きな点から決めて行かなければならないということです。
例えば、「買うか、買わないのか」と聞かれた時、どうしても日本人は「細かい条件が判らないと買うといえない」という回答になってしまうことでしょう。
しかし、相手からすると、「買う」と言わないような人には、細かい条件は教えられないという論理があるのです。そして、「それが嫌なら買わなくても結構」ということなのです。
まず、買うのか買わないのかという大きなところから決めて行かなくてはならないのですが、日本人の常識では条件が判らないのに買うとは簡単に言えないとなることでしょう。
恐らくそれは、「買う」と言ってしまうと、どんな条件であれ、買わなければならないと一方的に決め付けてしまうからなのでしょう。それが日本人のまじめなところであり、硬いところなのかも知れません。言い換えれば、柔軟でないということです。
相手側の論理は、例え買うと答えたとしても、お金をもらうまではお互い様ということがあるのです。できるだけ多くのお金をほしいと考えることは、誰でも同じで、できるだけ値引かれたくないと思うのは当然です。
だから、細かい交渉は、段階的に行いたいのです。価格交渉をゲームのように楽しんでいるともいえるかも知れません。
ベトナムで頻繁に起こることですが、契約するまでの間は、契約書の内容について詳細を議論します。しかし、それほどまでに契約書の作成を吟味したとしても、最終的には契約書よりも、優先されることもあるのです。
例えば、アパートを借りる時のことです。日本ではアパートを借りるという契約をしたら、入居する日が訪れるまで、その契約が破られることなど考えられません。しかし、ベトナムでは、実際に入居する日まで何があるか判りません。
ディポジットと言われる一時金を入れるまでは、どんなに契約を結んでも、後から来て、先にディポジットを入れたほうが優先されてしまうのです。そこには、契約など完全に意味がないのです。
しかしだからと言って契約を軽んじているかと言えばそうではないから厄介です。
社内で社員と労働契約を結ぶような場合でも、彼らは直ぐには契約には応じません。今回改正しようとしている場所以外のところを持ち出し、全てが自分たちの有利になるような交渉をしてきます。
少し強引過ぎると思われるような場面もあります。しかし、彼らの論理には一か八かという考えがあるのです。言わないよりも言ったほうが、もしかすると上手く行くかも知れないという楽観的な考え方です。
何の気もない軽い気持ちで言っている場合もあるのですが、その真剣なやり取りに、その違いを理解することはできないのです。だから、いつでも要求が彼らに振り回されてしまうのです。
(次回に続く)
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投稿者 :堀田信弘: 2010年9月 6日 05:15