【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


嬉しい出来事  「活・喝・勝」


気持ちの持ちよう

今日は、2011年の仕事初めの日です。新しい年の新しい仕事が始まりました。今年は、本日から既に商談の予定が詰まっており、新しいことが大きく動き出すような予感に満ちています。

仕事初めという日は、気分が高揚します。気持ちは持ちようですが、高揚するのと、しないのとでは、その後の行動にも、そしてその行動に伴う結果にも大きな影響を及ぼすことでしょう。

私は昨年末、ミャンマーの寺院で「2011年は人生の中でも最高の年になる」と占ってもらいました。

勿論、占いですから、あてにならないことは承知していますが、私は、勤めて"良いこと"だけは信じるように心がけています。何も無理して心がけなくても、"良いこと"があると言われたら、自然に気分が良くなるものです。

気分が良くなり、前向きで、積極的な発想ができ、思い切った行動ができれば、占い通りの結果が得られるようになることでしょう。これは、占いを信じる信じないというのではなく、どんなきっかけでも良いから、気持ちを前向きにするための重要なのです。

気持ちが前向きになっていなければ、プラスのエネルギー、プラスの結果は絶対に生まれません。

悲観的で後ろ向きな気持ちでいて、結果がプラスになることなどないのです。精神的に後ろ向きな時は、必ずと言って良いほど、それを後押しするようなマイナスの事象が発生するものです。仕方ありません、マイナスのエネルギーを自ら発しているのですから。

だから、私は、占いを信じるということよりも、"良いこと"は素直に心地よく受け止め、前向きになるきっかけにしているのです。だから、もし"悪いこと"を占われれば、それは後ろ向きになるのではなく、前向きにそのことに注意すれば良いのです。

悲観的に受け止めれば、占いのその通りに"悪いこと"なることでしょう。でも、前向きに捉えて、そのようにならないように注意すれば、占いは外れることになるのです。つまり、占いを当てるのも外れさせるのも、実は自分次第であったりするのです。

ようは気持ちの持ちよう次第で、人生までも変えてしまうのです。

「自分は幸せだ」、「人に支えられている」、「自分は運が良い」と自信を持って考えられる人は、間違いなく、その通りの人生を送ることができることでしょう。つまり、幸せな生き方ができるのです。

そもそも、幸せの定義は、人それぞれ異なります。決して金持ちになることが幸せでもなく、貧しいから不幸せではないのです。

他人から騙されたり、裏切られたりすれば不幸せかと言えば、不幸な出来事ではあったかも知れませんが、それは誰が悪いのでしょうか。騙した人ですか、裏切った人でしょうか。

もしそのように考えているとすれば、「自分は不幸せだ」、「人に裏切られている」、「自分は運が悪い」と言うことになります。ならば、それは騙した人や裏切った人のせいにするのではなく、自分自身の運や、考え方、行動の問題なのでしょう。

人のせいにして、自分の問題だと受け止められなければ、決して、「自分は幸せだ」、「人に支えられている」、「自分は運が良い」と自信を持って考えられるようにはなれません。

もし、幸せに、人から支えられ、運を良くしたいのなら、決して人のせいにせず、自分の問題として受け止めることなのです。騙されたのは、騙した人が悪いのではなく、騙された自分が悪いのです。裏切られたのは、裏切られるような自分が悪かったのです。

運気を上げるには、他人のせいにしないことです。被害妄想という言葉がありますが、これまで、多くの被害妄想に陥る人を見てきました。そして、その結果、不運な出来事が起きたり、問題が発生したりするのも見てきました。

自分が他人から危害を加えられていると"思い込む"ことを、被害妄想と言います。私は、ここで言う"思い込む"というのは、実際に危害を加えられていても、全く妄想で危害が加えられていなくても、自分は悪くなく、相手が悪いと"思い込む"ことだと定義します。

多くの場合、自分は悪くないのにと、"思い込む"ところから、被害妄想というのはスタートするのです。

勿論、実際に危害が与えられることもあるかも知れませんが、なぜ、そのような状況に陥ったのか考える時、自分は悪くないという考えを持っていては、その原因や理由、相手の気持ちを解明できなくなるのです。

多くの場合、それまでは何の問題もなく、良好な関係であったのに、ある出来事を境に、被害妄想になることがあります。通常、良好な関係にあったということは、その出来事は、お互いに悪気があって起きたことではないのほうが多いものです。

しかし、何かのボタンの掛け違いで、危害を受けたと思う側は、当然、相手が危害を与えたと考えてしまうのです。でも、実はお互い様であり、一方的に危害を受けたと、相手を追い詰めるような考えを持つことは決して良いことではありません。

一旦、自分のことは棚上げして、相手のことを憎み、相手のせいにしてしまうと、相手が毒に犯されるどころか、その考えこそが、自分を毒してしまうのです。毒された自分に、自分だけが気付かず、次々に嫌なことが起きます。

起きれば起きるほど、もっともっと被害妄想が拡大し、益々自分のことは棚上げしてしまうのです。自分のことを棚上げしている限り、その悪循環から抜け出すことは出来ません。

自分を見失っているのですから、冷静に頭を冷やして、自分の愚かさを反省することができなくなってしまうのです。それでは、自体を打開することはできないのです。

もし、そのように被害妄想に陥った時には、被害妄想状態にいる自分にいち早く気付くことです。他人から「被害妄想になっている」と指摘されたなら、率直にその場で認め、いち早く被害妄想にいる自分を受け止めるのです。

そして、そこから脱却するには、気持ちの持ちようを変えることです。被害妄想にいても、何ら解決しないばかりか、何のメリットもないことに気付くことです。

そして、被害妄想を捨て、自分も悪いから起きたのであって、一方的でない、と思えれば、きっと肩の力がすぅーっと抜けて、気持ちが楽になることでしょう。

気持ちの持ちよう次第で、自分の人生は、良い方向に開くことができるのです。良い気持ちを持つという気持ちの持ちようが、良い結果を生むのです。

(次回に続く)

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

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投稿者 :堀田信弘: 2011年1月 4日 05:45