【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


企業経営について  「活・喝・勝」


愛の反対は憎しみではなく無関心である

愛の反対は、憎しみではなく、無関心である、と言ったのはマザーテレサです。マザーは、「愛は、相手に関心を持つことから始まり、相手に関心がなくなるのは、愛が冷めてきたのかも知れません。」と言いました。

このことは、特段に男女の愛に関することでなくても、人間関係においても言えることだと思います。

例えば、上司と部下の関係においても、友人との間でも言えることでしょう。

子供たちのいじめで酷いのは、無視されるようになることです。話をかけても、無視され、関わりを持たないようにされることです。

いじめの初期段階は、言葉でいじめられたりしますが、やがて、無視するようになり、周囲にも関わりを持たせないようになるのです。

考えてみてください。学校に行って、誰からも相手にされず、誰とも話ができないで一日中過ごすということはとても辛いことです。

もし、自分が職場に行って、誰からも声をかけられず、誰とも話ができない職場で一日中過ごすことを考えたら、数ヵ月後には大半の人が退職してしまうことでしょう。

同様に、上司と部下の間でも、上司の立場で部下を見ると、問題を起こす部下について、初期段階は叱ったり、注意したりしますが、次第に、何度言っても変わらないと、無関心になって行ってしまいます。

「叱られているうちが花だ」と言われますが、上司の側で考えると、何度も同じことを繰り返し、何度言っても直らないようだと、面倒になってしまうというのが本音でしょう。

このように相手に関心を持っているうちは良いのですが、相手に関心がなくなるというのは、マザーが言うように愛が冷めてきたからなのかも知れませんね。

相手に関心を持つ、相手から関心を持たれるというのは、人間関係を維持するにはとても重要なことなのです。

このことは、関係を継続するというだけでなく、人と人との出会いの場でも言えることでしょう。

私は、毎月多くの人と出会いますが、できるだけ私は相手に関心を持ち、そしてこちらに関心を持ってほしいという気持ちで接しています。

このような気持ちで接するようになったのは、相手に関心を持ち、そしてこちらに関心を持ってほしいという意味を表す、一期一会という言葉を知り、そしてそれを理解したからなのです。今では、一期一会は私にとって一つのモットーになったのです。

一期一会というのは、茶会の心得が基になっています。私は、妻が茶道を学んでいたこともあって、素人ながら学生の頃から、妻と一緒に茶会にでることが時々ありました。

ある茶会の席で、素人の私が初めて参加したことを知り、一期一会という言葉の意味を教えて頂きました。

茶会の心得には、「一期に一度の会」というのがあるということです。「茶会に臨む際は、その機会を一生に一度のものと心得て、主客ともに互いに誠意を尽くせ」というのが一期一会の語源となっているのだそうです。

千利休は、「これからも何度でも会うことはあるだろうが、もしかしたら二度とは会えないかもしれないという覚悟で人には接しなさい」と茶会の心得を広めたのです。

出会いは、一生のうちに二度と同じような形では巡って来ないかも知れません。もしかすると、最初の出会いが最後の別れとなり、二度と会えないかも知れないのです。

だから、出会ったこの一瞬、一瞬を大切に共有し、お互いに歩み寄って接することができたなら、きっと最高の出会いの場となることでしょう。そのためには、お互いに、これが一生に一度のつもりで、誠意を尽くすことが重要であるということなのです。

私はこの話を初めて聞いた時、出会いを大切にすれば、その出会いを元で、様々な人と繋がりを持つことができ、それが自分自身の骨となり肉となり、そして財産になるのだと感じたのです。

だからそのためには、出会いを疎かにせず、相手に関心を持ち、そしてこちらに関心を持ってほしいという気持ちで、知り合いたいという気持ちで、できるだけの誠意を見せることが重要なのだと思ったのです。

特に経営者になってからの私は、様々な人との出会いが、私の今を支えているということに強く感じるようになりました。

その背景には、私自身の無能さを知り、自分の能力を過信してはいけないと思うようになったからです。

経営者になる前は、能力というスキルを磨き、伸ばし、身に着けることが重要でした。自分が頑張れば道が開けると思っていたのです。

この考えは、経営者になったからと言って否定するつもりはでありません。自分を磨き、伸ばすということは、経営者であろうがなかろうが、常に重要なことです。

しかし、経営者という仕事は、自分の能力を磨くことも重要ですが、それよりももっと磨くものがあるのです。

経営者というのは、社内では、人の上に立つ存在です。社員を指導し、目指すべき方向を示し、率いる必要があるのです。

これは、企業の大小が関係ありません。どんなに小さな会社であっても、経営者に人間としての魅力がなければ、そこで働く人はついてきません。そして、力を発揮できないことでしょう。

私は、経営者というのは、能力のある、なしということよりも、まずは、人間としての魅力がなければならないと考えるようになったのです。

そして、そのことは、社内だけでなく、社外についても言えます。特に経営者というのは、社内に篭って内にいるようでは話になりません。どんどん外に出て、社員だけで得られない人脈を構築することも、経営者にとって重要な仕事なのです。

そこで、私は、出会いを大切にするということを、経営者の基本だと考えるようになったのです。できるだけ多くの出会いをすることで、その中の一部が、人脈となり、そして助けてくれる仲間になることを痛感するようになって行ったのです。

だから私にとって一期一会と考え方は、とても重要な考え方になりました。今では、この考えは、経営者だから必要だというよりも、人間性を磨き、自分の魅力を高めるために重要だと考えるようになったのです。

だから、相手に関心を示し、こちらも関心を持ってもらいたいという気持ちを持つことは、一期一会の基本的な考え方なのです。

人に関心を持つことは、愛の始まりです。そして、無関心になることは、愛の終わりであり、同時に、自分自身も相手から、無関心の対象となることでもあるのです。

(次回に続く)

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投稿者 :堀田信弘: 2011年1月12日 05:48