【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


求める人材  「活・喝・勝」


聴き上手は聞き出し上手

千利休は、「これからも何度でも会うことはあるだろうが、もしかしたら二度とは会えないかもしれないという覚悟で人には接しなさい」と言いましたが、この言葉は「それならばここぞとばかりに自分本位に相手にアピールする」という意味ではないのです。

繰り返しになりますが、一期一会を大切にするということは、出会いを疎かにせず、相手に関心を持ち、そしてこちらに関心を持ってほしいという気持ちで、知り合いたいという気持ちで、できるだけの誠意を見せることが重要なのです。

簡単に言えば、出会いで使える時間は、相手も自分も50:50ということです。

自分のほうが80でも60でも51でもダメなのです。50:50の関係が最高の関係なのです。だから、自分が話す時間も相手が話す時間も50:50なのです。

もし、1時間の打ち合わせなら、相手の持ち時間は30分、自分の持ち時間は30分です。

私は、聞き上手というのは、聞き出し上手だと思っています。そして、聞き出すためには、聞き上手ではなく、聴き上手でなければならないのです。

聴き上手というのは、相手の話を真剣に聞き、頷きながら、相手の話に共感しながら、相手の身になって親身に聴くことです。耳で聞くのではなく、心で聴くのです。

もし真剣に相手の話を聴いていたら、今度は、相手の話を盛り上げる、あるいは相手が話をし易いように、話題を引き出すようにすることでしょう。それが、聞き出し上手です。

つまり、相手の質問をするのです。話す側の立場になれば、ただ黙って聞かれているよりも、こちらの話に興味も持ち、興味を持っていることを示してほしいと考えるものです。

もし興味があれば、それに関する質問が出るはずなのです。質問をもらえば、話す側は、それをキーにまた話がし易くなります。そうして、質問が潤滑油となって話をし易くするのです。

ですから、自分の持ち時間30分のうち、その半分は相手への質問のために使うのです。

つまり、自分のことを話せるのは、自分の持ち時間の30分のうちの残り15分間しかないのです。

このことは、相手にも言えます。出会って、直ぐに話が順調に進むのは、相手も自分のことは15分だけ、残り15分は相手の質問のために使うような50:50が最も良いのです。

多くの成功体験をした人は、このことを自然に感じているはずです。ところが、成功体験が少ない人は、時間配分がとても下手です。

自分だけが話をしたり、相手だけに一方に話をさせるだけで、お互いの共通点を見つけることができないのです。自分のことで精一杯になってしまうのでしょう。

話下手の人は、間違いなく聞き下手です。

聞き下手の人は、多くの場合、ただ黙って聞いているのを聞き上手だと思い込んでいることです。静かに黙って聞くことが、聞き上手だと思っているのです。

しかし、それは聞き上手ではなく、聞いたふりをしているだけです。自分が話し下手だから、話をする側の気持ちが判らないのでしょう。

そのような人に限って、話を聞いている最中にあくびをする人がいます。あくびは、体が退屈であることを、自然に現している証拠です。退屈でなければ、あくびは出ません。

私も、人の話を聞いていて、あくびが出そうになることはあります。本当に相手の話が詰まらない時は、眠くなり、退屈であくびが出そうになります。

これは自然な現象です。生理的現状だから防ぎようがありません。しかし、それは、裏返せば、自分はその場において、完全に主体性を失っているということなのです。

つまり、もし主体性を持っていたら、あくびは出ないことでしょう。退屈になれば、あくびができるのは自然なことですが、退屈でなければあくびを出さないのです。

だから、退屈になってからあくびを防ぐことはできませんが、退屈にならないようにすればあくびは防げるのです。

私の経験では、あくびがでる人は、半ば癖になっているようなところがあります。本人は、話が詰まらないからと、あるいは相手の話が下手だからと思っており、自分は悪くないと思っています。

繰り返しますが、私もあくびはでます。人間だからあくびが出ることは自然なことなのです。しかし、あくびが癖になっている人は、明らかに聞き下手な習慣に慣れている人が多いのです。

私は、決して自慢できるほど話が上手なほうでなければ、面白い話ができるほうではないかも知れませんが、ある人は、私と話をしている時に何度もあくびをします。

その姿を見て、私は完全に癖になっていると思いました。案の定、その人は、お客さまと打ち合わせをする時もあくびをするのです。

なぜあくびをするのでしょう。それは、その場において、他人事になっているからです。自分が主体ではないから、話に関心がないのです。関心がないということは、話が詰まらないのです。そして、主体的でないから、相手に質問をすることもできないのです。

そのあくびをする人は、自分が一生懸命に社長に給与の改善要求をしている時、社長があくびをして詰まらないような顔をしていたらどう感じることでしょう。

自分は、一生懸命に社長に、これまでの成果を訴え、何とか社長に判ってほしいと懸命なのに、その社長は、普段からあくびをして、他人の話を真剣に聞けないような人の話しに、退屈で仕方ないのです。

どうせそのような人の給与を上げるつもりなどありませんから、尚更退屈です。このように考えたら、あなたはあくびをかけるでしょうか。そして、人が話をしている時に、あくびをかかれたら、どれほど嫌な気分であるか判ることでしょう。

しかしこのように、そのあくびをかく人は、滅多に誰かに真剣に話をするような機会がないためか、いつもいつも聞く側ばかりで話すことが好きでないためか、自分があくびをかくことが悪いことに気付きません。

そして、話をしている側のほうは、あくびをかいている人が目の前にいると、自分の話が詰まらないのだと察知するはずです。そして、人によっては、退屈な話をして申し訳ないと自己嫌悪になるかも知れません。

それほどまでに、話をする側は、相手がどのような様子で話を聞いているかを観察しているものなのです。そのことは、自分が話をする側に立てば、簡単に判るはずです。

話し上手になるためには、聴き上手にならなければならないのです。相手の話を盛り上げるように、聞く側も主体性が求められるのです。

(次回に続く)

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投稿者 :堀田信弘: 2011年1月16日 05:49