【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


世の中について  「活・喝・勝」


心と心が繋がらない携帯電話

携帯電話の発展により、世界中どこにいても直ぐに連絡が取れるようになりました。これまで私が行った国の中で、国際ローミングサービスを提供していない国は、ミャンマーだけです。今回訪れたリビアでも利用することができました。

しかし、ミャンマーでも携帯電話がないのではありません。ミャンマーの携帯電話は非常に高く、恐らく世界一高いのではないでしょうか。

プリベイド方式ではなく、日本と同様なSIMカードは、約20万円もします。そのため、極一部の限られた人しか、このSIMカードを持つことはできないのです。

しかし、期限、金額制限付きのプリペイド方式のものは、比較的安く購入することができます。そのため、若者の中でも、携帯電話を持つ人が増えているのです。

何れ、ミャンマーでも国際ローミングサービスが使えるようになることでしょう。そうなるととても便利なことでしょう。何せ、ミャンマーに行くと、連絡する手段がなくなってしまうのですから、携帯電話が使えないというのはとても不便なことなのです。

ミャンマーで携帯電話が使えないのは仕方ないことなのですが、もし日本にいて、携帯電話が使えないような状況になったら、どんなに大変なパニックになることでしょう。

実は、仕事をしていると、そのような状況が時々起こることがあります。このようなことは、携帯電話がなかった頃は、全く考えられませんでしたが、これだけ携帯電話が普及すると、ただ事ではなくなります。

それは、何度かけても電話に出ないという現象です。

都合が悪くなると、何度かけても留守番電話になってしまい、何回も留守電を入れても全くリターンがありません。

先日もそのようなことがありました。ある商談で、数日前までは、直ぐに連絡が取れたのに、直前になってから、全く連絡が取れなくなりました。

恐らく、当初言っていたことと状況が変わり、話を進められなくなったのでしょう。

それならそれで、こちらはその結果を知りたいのです。駄目になってという結果をできるだけ早く知ることができれば、それなりの対策が取れるのに、電話に出ないことだけを繰り返し、時間だけが過ぎて行ってしまうのです。

故意に電話に出なくなり、いつまで経っても電話が通じなくなることほど、腹立たしいことはありません。留守電に「何時でも良いから折り返し電話がほしい」と伝言を残すと、こちらは電話を手放すことができなくなってしまうのです。

このようなことが平気で出来る人は、どのような性格なのでしょう。ある人に、その人のことを尋ねたら、同じようなことがあったということを聞きました。

恐らく、逃げ隠れすることに慣れてしまっているのかも知れませんね。でも、逃げ隠れして、どんなメリットがあるのでしょう。相手は、もう二度と会いたいと思わなくなるはずですから、縁を切る覚悟なのでしょうか。

それほどまでになるまで、どんな理由で、どのように都合が悪くなったか全く理解できません。「できなくなった」と言えば、それはそれで仕方ないことで、縁を切る覚悟までに大きなことでないと思うのですが、全く不可解です。

もしこれが、携帯電話がない時代だったら、そのような人は、どのような対応をしていたのでしょうか。

会社に電話しても、会社を訪問しても居留守にしていたのでしょうか。そんなことが、都合の悪い度にやっていては、信用を失うどころか、会社の中でも信頼されないことでしょう。

このことは、故意に行うことですから、とても許せるものではありません。しかし、余りにも携帯電話が発展したお陰で、故意に行わないにしても、携帯電話が繋がらない時のイライラは増えていると思います。

例えば、私は、いつも家内に「夜に携帯電話が通じたためしがない」と叱られます。その原因のほとんどは、夜は、接待などお客さまといる場合が多いことや、地下の飲み屋で電波が届かないことがあるからです。

しかし、重要な連絡や、緊急な時に携帯電話が繋がらないと、相手がイライラするのも判ります。電話をかける側は、電話を受ける側が電車の中にいるのか、地下にいて通じないのか、それとも故意に電源を切っているのかの違いが判らないのですから。

そのため、何度か同じようなことが連続して続くと、最初は理由を言って信じてくれていたものが、その後は、言い訳のように聞こえ、相手に不信感が見栄えてしまいます。

女性であれば、浮気をしているのではないかとか、勘ぐってしまうのも当然かも知れませんね。しかし、本当に接客しているのですから、一方的に不信感を持たれるのも、こちらも困ったものです。

繋がらないがために、イライラして、終には勝手に思い込んで被害妄想になってしまうことに巻き込まれるのは、何も悪いことをしていない人にとっては不愉快なはずです。

例えば、電波が届かない場所にいる時、電話を受ける側は、電話がかかってくることを想定できません。その時点で、重要なことであろうが、緊急なことであろうが、全く判らないのです。

それなのに、重要なことがあったと言われても、重要なことがあったことが判らないのですからどうしようもないのです。もし、重要なことがあると判っていたら、時々電話をかけて確認することでしょう。

このように今の時代は、携帯電話の発展したお陰で、一分、一秒も待てなくなってきているように思えます。

昔であれば、待ち合わせの場所に、どんなに事故で電車が遅れたとしても、遅れることを伝える手段がなかったのですから仕方ないのです。しかし、今では、携帯電話という、連絡のしようがある訳ですから、遅れることを伝えないということ事態が問題なのです。

連絡を取る方法がなかった時代に比べ、連絡を取る方法ができる時代になると、時間に余裕がなくなるように思えます。

一分、一秒も待てなくなり、連絡が取れないことをきっかけに、人間関係がギクシャクしてしまうのです。つまり、時間に余裕がなくなるということは、心に余裕がなくなることでもあるのです。

携帯電話の登場によって、世界中どこにいても、いつでも通じるようになりました。これは、地球上のどこにいても、携帯電話によって、簡単に心と心を接続できるようにしたことなのです。

逆に言えば、携帯電話が通じないということは、心と心が接続できないということであり、そのための大きなストレスが生まれるのでしょう。携帯電話が繋がれないと、心と心が繋がらなくなってしまうようです。

(次回に続く)

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投稿者 :堀田信弘: 2011年1月22日 05:51