【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


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返信がないメール

普段は繋がるのが当たり前の携帯電話が、繋がらなくなってしまうと本当に不便で困ります。電話を掛ける側は、電話を受ける側の状況がどうであるかに関係なく、繋がらないという事実にのみ不信感を覚えてしまうものなのです。

このことは、携帯電話だけでなく、インターネットのメールについても同様なことが言えることでしょう。

私は、これまで何度もミャンマーに訪れた時、インターネットが使えなくなる現象に遭遇しました。

つい昨日までは問題なく使えたものが、突然に、しかも一斉に使えなくなってしまうのです。ヤンゴン市内中の、ホテル、事務所、ネットカフェなど、全てにおいて、インターネットが全く使えなくなってしまうのです。

ミャンマーは、軍事政権ですから、このようなことが時々発生します。前回訪問した際にも、突然に使えなくなってしまいました。

ところが、一箇所だけインターネットが問題なく使えるところがあることが判りました。それは、市内にある一流ホテルです。

なぜ、そのホテルだけが使えたのかと言うと、その日から、ベトナム政府関係者と財界の人がそのホテルに宿泊し、そこでミャンマー政府とのカンファレンスが開かれるからなのです。

ベトナム人に聞いてみると、「とても快適にインターネットが使えた」と言っていたので大変驚きました。市内中のインターネットを止めて、そのホテルだけを使えるようにすることで、回線スピードを向上させようと考えたのです。

このような事態は、日本にいたら考えられません。今や、インターネットは、電気、水道、ガスと同じように社会生活における重要なインフラとなっているため、恐らく数時間の間、インターネットが使用できなくなったら大変なパニックに陥ることでしょう。

それほどまでに重要なインターネットですから、日本においてメールが届かないということはミャンマーでもない限りあり得ないことなのです。

しかし、そのあり得ないことと同じようなことが、人間の故意によって発生することがあります。

それは、メールに返信をしない、という事象です。都合が悪い内容や、優先順位の低い内容のものは、無視されたまた放っておかれてしまうのです。

今から20年ほど前、初めてインターネットでメールのやり取りを始めた頃は、本当にメールが届いているかどうか相手に電話して確認するようなことがありました。

「今、メールを送ったので内容を確認して下さい」というような感じです。しかし考えて見れば、わざわざ電話をするのなら、電話で話せば良いのですから、今思えば可笑しな感じです。

そもそも、メールと電話とでは同じ内容を伝えるにしてもその効果が全く異なります。電話というのは、相手の都合に関係なく、一方的にかかってきた電話の相手をさせられるのです。

こちらが忙しいとか、打ち合わせ中だとかと、電話を受ける側の状況は、電話をかける側は意識できませんし、想像することもできません。しかし、電話をかける側は、自分が話す必要があるから、話をしたいという時に、自分の都合で電話をするのです。

このような関係ですから、相手が電話に出られない状況が続けば、いつまで経っても話すことができないのです。

また、メールと違って、肉声によるコミュニケーションですから、相手の息遣いも含め、リアルタイムに意見交換できる会話なのです。そのため、会話の中で、相手の考えを確認したり、誤解があれば訂正しあったりすることができるのです。

しかし、電話は、意図的に録音しない限り、記録には残りません。そのため履歴がありませんから、後から言った、言わないというようなことや、片方が言ったつもりでいるだけであったりと、時間が過ぎてから問題となることがあるのです。

また、直接会って話をしているわけではありませんから、相手の顔色が判りません。そのため、嘘を言っているのか、困った表情なのかは、聞こえる言葉だけであり、目で確認することができないのです。

人間は、目から入る情報のほうが、耳から入る情報の何十倍にもなりますから、耳からの情報だけでは、認識のズレが生じる可能性があるのです。

それに対し、メールというのは、送る側は、電話をかけるのと同様に、送りたい時に、一方的に送りますが、受ける側は、送る側の時刻とは別に、自分がメールを見られる時に内容を受け取るということになります。

そのため、電話とは異なって、送る側と受ける側との間で、時間的なギャップが生じるのです。だから、送ったから、相手は直ぐに見ているということにはならないのです。

しかし、電話の場合には、相手が受話器を取ってくれなければ、いつまで経っても話すことができませんが、メールであれば、相手がメールを見れる時間になれば、その時に確実に内容を見てもらうことができるのです。

また、電話ではリアルタイムの会話ができますが、メールでは、基本的に会話はできません。やり取りすることはできても、リアルタイムではないため、その瞬間、瞬間で、自分の考えが正しく伝わっているかの確認をすることができません。

また、文字だけのやり取りですから、書き手の思惑とは無関係に、読み手のほうが一方的に誤解したり、あるいは不愉快にさせたりすることがあるのです。しかし、電話と違って履歴に残りますから、後から「誤解を招いてすみません」と言っても仕方ないのです。

このようにそもそも、メールと電話とでは全く使い方も効果も異なります。

そのような中で、送られてきたメールに返信をしないということは、送った内容に、意義があるのか、あるいは、読み忘れられているのか、さらには迷惑メールフォルダーに入ってしまった、それとも本当にメールが届いていないのか判らないのです。

ある人は、いつもいつも送ったメールに対し返信が早いのに、あるメールの時だけはいつまで経っても返信がない時があります。多くの場合、このような時は、都合が悪いメールは放置し、無視されているのです。

送られたメールに反論をすることで問題をギクシャクさせたくないという思惑があるかも知れませんし、反論するに値しないと思っているかも知れません。何れにしても、どのような優しさがあろうとも、返信がないということは、送った側はとても不安になるのです。

だから、メールに返信をしないというのは、居留守を使っているのと同様なことなのです。

(次回に続く)

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投稿者 :堀田信弘: 2011年1月24日 05:52