【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


若者について  「活・喝・勝」


中年よ行動しよう

「若者とは恐るべきものだ。彼らには君たちよりも優秀になる可能性があるからだ。現在の君たちには、到底及ばないことを知るだろう。四十歳、五十歳になっても、名声を得られないとするならば、君らにはもはや見込みが無い。」と孔子は言いました。

孔子は具体的に、四十五十を過ぎて名声を得られないのであれば、もはや見込みはないと、年齢を定義しています。

このように具体的に、年齢を言われてしまうと、同じ年齢にある私も、もはや見込みはないのか、と消沈してしまいます。

どんなにサムエル ウルマンが若者とは年齢ではないと言っても、やはり、人間というのは、伊達に年数を重ねているのではありません。

それを、肉体的にも精神的にも、若さを保つというのは、格段な努力がないとできないことなのでしょう。

キングカズこと、三浦和良さんは、現在、日本の現役最年長のプロサッカー選手です。1967年生まれで、今月で44歳になります。

昨年12月には、自身の持つJ2最年長ゴール記録を更新しました。Jリーグが始まって以来、18年連続ゴールという記録も更新しました。

私と同年代の人が、今でも現役で、しかも20代がピークと言われるサッカーという過酷なスポーツで戦い続けることができるのは、とても偉大なことだと思います。

先日、その彼が書いた『やめないよ』という本を本屋で見かけました。本の帯には「上を向いている限り、絶対にいいことがあるんだ」と書いてあります。

私は、この「上を向いている限り、絶対にいいことがあるんだ」という帯を見て、思わず手に取ってしまいました。

どうやら、人間というのは、年代を重ねるに連れて、地球の重力に押しつぶされるかのように、次第に首が下を向いてしまうのです。私も、何度となく、上を向かなければと自分に言い聞かせて、自らにはっぱをかけて、首が上を向くようにしています。

しかし、上を向こうとしても、現実には、下を向いてしまうようなことが次々に起こります。もし、これが20代の頃であったなら、地球の重力さえも感じず、いつも上ばかり見ていたのかも知れませんね。

「上を向いている限り、絶対にいいことがあるんだ」ということは頭では判っているつもりでも、次々に下を向いてしまう現実という経験を経て、顔のシワも増え、重たくなって行く自分の頭を支えることで精一杯になってしまうものです。

誰もが年を取るということは、何らかの経験をすることであり、いくつかの苦い経験を重ねることでもあるのです。

やがて、その経験は、同じ失敗を繰り返さないようにと、次第にリスクを回避するようになり、挑戦することよりも、失敗しないことを選択するようになって行くのでしょう。

それでも、サムエル ウルマンは、「人は自信と共に若く、恐怖と共に老ゆる。希望ある限り若く、失望と共に老い朽ちる。」と、自信があればこそ若いのであって、希望があればこそ、若いのだと言っています。

言い換えれば、恐怖を感じるということは、老いであり、将来を悲観して失望すれば、それがすなわち老いなのです。

恐らく、最年長ゴール記録を更新したカズでも、年齢という体力の衰えを感じ、時には、限界を感じることもあったことでしょう。しかし、それでも彼は、サッカーができることの幸せを感じ、何歳になっても努力すれば成長できると信じているのです。

その信念があるからこそ、その考えには自信があり、まだまだ記録を更新するのだ、戦い続けるのだという希望があるのでしょう。だからこそ若さが保て、「上を向いている限り、絶対にいいことがあるんだ」と信じられるのに違いありません。

孔子は、四十五十を過ぎて名声を得られないのであれば、もはや見込みはないと言いましたが、四十を過ぎたカズには、名声があるのです。その名声は、誰よりも挫けずに努力し続けることができる精神力があったからなのでしょう。

私たち凡人は、どうしても、失敗や嫌なことを経験すると、それを肥やしに、もっと上を向こう前向きに捉えることができず、挫けそうになってしまいます。

それは、本当は年齢という年のせいではないのでしょうが、厄介なことに、人間は、年を重ねる毎に、体力も劣り、病気にもなり易くなってしまいます。

病は気からという言葉もありますが、現実には、病気になると、気持ちまで弱くなってしまうものです。気持ちが強ければ病気にならないのであれば良いのですが、病気は、気持ちがどのような状態にあろうと関係なく、一方的に訪れるのです。

誰にとっても、一年は一年です。一年経てば、誰でも一歳年を取るのは当たり前です。その条件は同じですが、一年間の過ごし方、そして一年間に起こることは、誰もが異なります。

若い頃は、起こることが全て、真新しいことばかりです。次々に新しいことを吸収し、次々に訪れる壁を乗り越えようとして行くことができるのです。

孔子は、「若者とは恐るべきものだ。彼らには君たちよりも優秀になる可能性があるからだ。現在の君たちには、到底及ばないことを知るだろう。」と言いました。

若者には、常に将来という大きな可能性があるのです。その可能性は、限界を知らない大きなものです。

そして、限界を知らない、ということ事態が若者の特権であり、若者がその可能性に向けて挑戦できる源なのです。

私も、できればカズのように、例え年を老いても、まだまだやり続けるという可能性に賭けたいと思います。

しかし、カズのように、若者とは違って、限界を知った上でも挑戦するというのは、そう簡単ではないのです。限界を知らない若者も素晴らしいですが、限界を知った上でも、さらに挑戦し続けるというのは、若者以上に素晴らしいことなのです。

カズは、著書の中で、「これまで本当にいいサッカー人生を送ってきた。でもそれは昨日までの話。今日もすぐに過去となる。明日をどんな一日にして、どう自分を高めるか。僕はそれだけを考えていたい。」と書いています。

明日をどんな一日にするか、どう自分を高めるか、中々できるものではありませんね。本当に尊敬します。少し、やる気と勇気をもらった気がしました。

(次回に続く)

最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。

毎朝6時に社内朝礼ブログをこちらで公開しています。こちらもご覧頂けたら幸いです。

この内容に共感頂けたらこちらをクリックして下さい。ありがとうございます。

投稿者 :堀田信弘: 2011年2月11日 05:07