一緒に仕事をしているペルー人の青年は、とてもオプティミズムな人間です。彼が言うには、ペルー人の多くが、ほとんどオプティミズムだと言います。
オプティミズムとは、楽天主義のことです。南米といえば、カーニバルに象徴されるように、とても明るくて、陽気で、そして何よりも前向きな印象があります。
事実、私は、ペルー人の彼と知り合って、とても前向きで、生きることを楽しんでいるように感じました。オプティミズム、つまり、楽天主義というのは、ペルー人のためにあるのかという印象さえあります。
これは、もしかすると、人種的なことが影響しているのかも知れません。そこで、参考までに、偶々手元にある「世界血液型分布図」というのを見てみると、南米大陸のほぼ全域において、O型の割合が極めて高いことが判りました。
ペルーにおけるO型の人の割合は、南米でも最も低いほうですが、それでも71%がO型なのです。何と、ペルーの隣国、ボリビアは、世界で最も高い93%もが人がO型のです。だから僅か7%しかない、A型やB型、AB型の人の血液はいつも不足しているとのことです。
また、かつて栄華を誇り、世界遺産として最も有名なマチュ・ピチュを作ったインカ帝国は、現在のペルー、ボリビアなどを中心に存在したケチュア族によって作られたそうです。何とそのケチュア族は、世界でも珍しいO型だけの単一民族だったらしいのです。
血液型の違いがどれほど性格に起因しているかはここでは関係ありませんが、現実に、国によって、血液型に偏りがある国があるのは事実です。
本当かどうか判りませんが、元々人間は、O型から生まれたという説があるそうです。現実に、世界人口の割合で見ると、圧倒的にO型の人が多いは間違いありません。
日本は、稀に様々な血液型が存在する国ですが、それでもO型の人が一番多いのです。ちなみに、O型の割合が少ない国というのは、韓国だそうです。様々なデータがあるので、一概には言えないかも知れませんが、韓国でO型の割合は、25%ほどしかないのです。
なお、その韓国は、不思議なことに、私の血液型であるAB型の割合が、最も高い国なのです。AB型という血液型は、世界中で最も少ない血液型ですが、韓国では、12%もいるのです。日本でも、AB型が9%もいますから、韓国と似て世界でも高いほうなのです。
脱線するついでに、A型が多い国は、北欧から西ヨーロッパにかけて存在します。中でも、スカンジナビア半島に住むラップ人(サーミ人とも言う)は、90%近くがA型だと言われています。国で言うと、ノルウェーやスウェーデンで、国民の50%がA型です。
ちなみに、魚、豚、ネコ、ワニのほとんどは、A型だそうです。そして、チンパンジーもA型なのです。
また、B型が多い国は、中央アジアとアフリカです。逆にB型が少ないのは、アメリカ大陸とオーストラリアです。正確な情報はわかりませんが、世界で最もB型の割合が多いと言われている国は、インドだそうです。インドでは、42%もの人がB型だそうです。
ちなみに、亀、鯨、牛は、100%B型しかいません。また、ゴリラも100%がB型なのです。
それに対し、O型とAB型だけは、人間以外の動物にはあまり存在しないのです。何とも不思議なものですね。O型は人類の最初の血液型で、AB型は人類で最も新しい血液型なのも面白いですね。
さて、血液型の話に脱線しすぎましたが、話をオプティミズムに戻します。
ペルー人の彼は、O型だからオプティミズムかどうかは別にして、「起きたことを全て受け止め、きっと良いことが起きる前兆だ」と考えているのです。
私には、彼がオプティミズムな考えができる特別な存在だと感じるのですが、彼によると、ペルー人はみな同じように考えるというのです。
その理由は、ひとつは、宗教の影響があるかも知れません。そして、もう一つは、彼を取り巻く周囲の環境も大きく影響していることでしょう。
彼によると、彼のお爺さんは、とても陽気で、"人生を楽しむ"楽天的な人らしいのです。そのお爺さんを見ていると、自分まで陽気になると言います。
恐らく、ペルーには、そのような性格の持ち主が沢山いて、陽気で楽しくないと、むしろ陰気で嫌われてしまうのでしょう。だから、自然に、楽観的な考えが身につき、それが自然なのでしょう。
私は、"人生を楽しむ"という言葉に、新鮮で、重たい、感じを受けました。日本人の中で、どれほどの人が"人生を楽しむ"ような生き方をしているでしょう。
そもそも、"楽しむ"ということを、どのように考えているでしょう。例えば、その代表的な比較対象として、フリーターが考えられます。
ここで言うフリーターというのは、好きな時だけ働いて、好きな時に遊んで、というように狭義に定義しますが、ペルーでは、このようなフリーターのような生き方、考え方を"人生を楽しむ"と言っているのではありません。
ペルー人の彼は、これまで何度も、大きなピンチがあったと言います。「しかし、それでも、今、こうしてここにいます。」と彼は胸を張って言います。
つまり、どんなに辛いことや厳しいことがあっても、「こうして生きていられるではないか」ということを通じて、起きたことは、自分の肥やしになるものだと、前向きに受け入れているのです。
真剣に生きて、何かを得ようとしたら、必ず失敗もするし、大きな障害にも出くわすでしょう。しかし、そのことを乗り越えたり、乗り越えられなかったりすることが、彼にとって"人生を楽しむ"ということなのです。
もっと言えば、"楽する"、ということではなく、"苦労することを楽しむ"とまで前向きに考えているのです。
私には、とてもとても簡単には真似することができない発想だと、心底から関心してしまいました。
"苦労することを楽しむ"、これは、苦あれば楽あり、という考えと似ているかも知れませんね。苦しいことがあれば、あとで楽しいことがあり、逆に楽しいことがあれば苦しい時もある。人生良い事ばかりでも、悪いことばかりでもないのでしょうね。
しかも、ペルーでは、自殺をするようなことは全くないようです。どんなに苦しくても、生きていられることだけも幸せなのです。死に急がなくても、何れ死は、訪れます。
自分から行かなくても、勝手に死神が向かいに来るのですから、それまではやりたいことを思い切りやったほうが幸せなのです。私も、これから、ほんの少しだけ、"人生を楽しむ"ことを念頭に入れた、生き方をしようかと考えています。
(次回に続く)
最後まで読んで頂き、感謝申し上げます。
毎朝6時に社内朝礼ブログをこちらで公開しています。こちらもご覧頂けたら幸いです。
この内容に共感頂けたらこちらをクリックして下さい。ありがとうございます。
投稿者 :堀田信弘: 2011年2月13日 05:08