私たちは、自分らしさなど気にすることもなく、自分の気持ちを感じたままにそのまま出して、自分の気持ちを抑えるなどというようなことを全くしない時代がありました。それは、幼少時代です。
気に入らないことがあると泣きわめいたり、地団駄を踏んで、親を困らせることもあったでしょう。他人がどうだということなど全く眼中になく、自分中心に生きていた時代があったのです。
それが、幼い子供だという理由で、心に感じるままにそれをそのまま表現していても、わがままを言っても、周囲の人である大人の人たちは、それを受け入れてくれていました。
しかし、次第に大きくなっていくと、いつでも全てを受け入れられるという訳ではなく、これまで泣きわめいたり、地団駄を踏めば許してくれたことが、今度は、泣きわめいたり、地団駄を踏むこと事態を、親から叱られるようになるのです。
やがて、子供は、泣きわめいたり、地団駄を踏んだりと、そのようなわがままをしても、自分の思うように進まないことを知るだけでなく、泣きわめいたり、地団駄を踏むと、親から厳しく叱られるということを知るのです。
すると今度は、わがままを言ったり、親の言う通りにしないと、叱られるだけで、何のメリットもないことを理解し、親から怒られないように、少しづつ我慢することを覚えようとするのです。
こうして、我慢することを通じて、自分の気持ちを抑えることが、まわりの人との協調性を保つことであり、他人の気持ちを考えてあげることなのだと認識していくのです。
しかし、元々人間が生まれながらに持っている、自分の気持ちを感じたままにそのまま出すということができなくなり、成長するにつれて、自分の気持ちを表現することを失ったり、自分の気持ちを抑えたり隠したりすることが当たり前のようになって行くのです。
大人になって気がつくと、自分らしさとは何だろうと戸惑う時があります。自分とは何で、他人とは何が違っていて、自分の持ち味とは何なのかということを、見失ってしまうことがあるのです。
元々、私たちは、自分らしさなど考えもしないでも、自然に自分らしさを出して生まれてきました。
それが、いくつかの経験や、主に失敗など、親や、あるいは他人から注意されたり、叱られたりすると、次第に、良かれと思っていたことが否定され、自分自身をも否定されたかのように自らを見失ってしまうのです。
そもそも、自分らしさとは、何なのでしょうか。
自分らしさを出しすぎると、周囲からは自己中心的だと批判され、あるいは、できるだけ控えめにしていると、個性がない、自己主張ができないと、弱々しさを指摘されます。
他人の意見には耳を傾けず、自分の意見を押し通そうとすれば、強権的で、ワンマンだと言われ、一方、他人の意見を真摯に聞いて、それを受け入れるようにすると、リーダーシップがないと、周囲の人は離れて行ってしまうのです。
自分らしさを出すということは、他人から何と言われようとも、自分自身が、自分の良い点を在りのままに出すということです。
簡単に言えば、自分の長所を出すだけなのです。しかし、厄介なことに、長所と短所は、表裏一体だから、少し過ぎると、長所と思ったことが、短所になったりするのですね。
そこに、自分らしさを見失ってしまうという落とし穴があるのです。
誰しも、自分の長所だと思って、自分らしさを出しているところに、その考え、やり方は酷い、汚い、ずるいと、次々に酷評されては、完全にその人の自分らしさを否定されたことになってしまいます。
長所だと思っていたことを、酷い短所だと言われたら、ショックを受けることでしょう。
もし、これが恋愛なら、絶対に上手く行くはずもないのです。恋愛とは不思議なもので、どう相手を認め、相手から認められるかというのが大切なのではないでしょうか。しかも、それには理屈がない、そこが面白いところなのです。
恋愛では、長所だと思っているところを、長所として相手に認められることは勿論ですが、自分では短所だと思っていたことを、以外にも、それは良いところではないかと言われたりすると、恋に落ちてしまうものなのです。
それがなせるのは、相手に関心があるからなのです。自分が相手に関心があるということは、相手には自分を知ってほしいし、自分も相手ももっと知りたいからです。だからこそ、一つ一つの言葉に意味を持つのです。
恋愛の話は、少し行き過ぎてしまいましたが、人間関係の最も良好で、深い関係を恋愛関係とするなら、それ以外の関係は、当然、それ以下ということになります。
他人との間で、どんなに頻度の高いコミュニケーションを取っていても、何らの好意、つまり、少しでも良い気持ちであることの延長線として相手への関心がないと、恐らく中々お互いに自分らしさというのは出せないことでしょう。
こちらが自分らしさを出しても、相手は自分の気持ちを押し隠し、相手がどんなに自分らしさを出してきても、こちらが関心がなければ、相手は悪気がなくても、場合によっては、その態度に嫌気を指すこともあるのでしょう。
自分は相手と親しくなりたい、何とか相手に判ってほしいと、真剣に自分らしさを出して、一生懸命に接しようとしているのに、もし、相手から冷たい態度をされれば、悲しくなることでしょう。
しかも、このような場面が、何度か連続して続くと、自分らしさを失ってしまいますよね。
自己嫌悪に陥り、人間嫌いになってしまうかも知れません。
そのようなうつ状態になってしまって、自分らしさを見失ってしまったらどうしたら良いでしょう。
私も、このような経験を何度もしていますが、私はカウンセラーではありませんから、私がどうするかは応えられますが、恐らく、それぞれが自らの方法を考えなければならないのでしょうね。
最近は、中々その方法が見つからずに、うつ状態から抜け出せなくなってしまう人も多いように思います。そのような時、最も重要なことは、何としても抜け出そう、という決意ではないでしょうか。その決意がなければ、いつまでも抜け出せないのだと思うのです。
私の場合は、起きたことはあまり考えず、先のことを考えるようにしています。と、応えるのは簡単なのですが、実際には、簡単に気分は入れ替わりませんよね。
だから、気分を入れ替えるように、大好きなことをしたり、大好きなものを食べたりして、気持ちをリフレッシュしましょう。マイナス状態から一気にプラスにするのではなく、ゼロの状態まで戻すことにしたらどうでしょう。その後、ゆっくり考えましょうよ。
(次回に続く)
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投稿者 :堀田信弘: 2011年2月17日 05:09