私の義父は、芸術家です。大きなキャンバスに油絵も描きますが、彫刻や現代美術のような作品も制作しています。
私は彼から、彫刻家の有名な言葉として、人物を彫刻する時には、「鼻は大きいほどよく、目は小さいほどよい」という話をしてくれました。私のとても印象に残る言葉です。
大きすぎる鼻は小さくできますが、一度削ってしまった小さすぎる鼻は大きくできないのです。また、小さすぎる目は大きくできるが、一度大きすぎる目に削ってしまうと、小さくすることができないのです。
彫刻というのは、削るという作業を通じて、作品を制作するものですが、一度削ってしまったところは、元に戻すことができないのです。
だから、彫刻家は、削ることが仕事でありながら、できるだけ削らないように慎重に仕事をするのが重要なのだそうです。もっと言えば、削り過ぎないようにする仕事なのです。
削ることが仕事でありながら、できるだけ削らないようにするという言葉を聞いて、とても驚きを覚えました。
私にとって、この削り過ぎないという考えは、私が携わる経営にも言えると思っています。
最近の経営手法として、アメリカ発祥のリストラという手法が当たり前のように用いられるようになりました。
実にドラステックに、人を大胆に削ります。コストカッターと賞賛された日産のゴーン社長の登場により、我こそがコストカッターだと、一斉に削ることに走り出しました。
昨年6月の上場企業の決算では、売上が大幅に減少したにも関わらず、大胆なリストラの効果があった、軒並み大幅な黒字となりました。
経営は、ヒト、モノ、カネと言います。経営者の誰もが、最初に、ヒトを上げることでしょう。本音では、カネであるのにも関わらず、ヒトが最も重要だ、ヒトこそが財産だと言いながら、大胆な生首切りを行うのです。
私は過去に、何十人もの人をクビにしたことがあります。自分が後輩でありながら、上司になったがために、先輩に退職勧告をしたこともありました。
だから、私自身も人をクビにして来ていますので、絶対に解雇しないなどというようなことを言うつもりはありません。
私は、辞めてもらう時、自分自身で信念を持って、「この人は、この会社にいることも不幸であり、できるだけ早く他で活躍したほうが良い」と考えたりもしました。
だから今でも、リストラを全面的に反対している訳ではないのです。無駄や余分なところを削ることは必要なことだと思っています。
しかし、良く考えてみれば、その無駄や余分なところは、どうして生まれたのでしょう。
もし、活発な受注ができて、効率良い運営体制ができているとすれば、そもそも無駄や余分なところは生まれなかったはずです。
しかも、無駄だ、余分だという対象にされたのは、彼らのせいではなく、それらを管轄する人の、管理能力の問題でもあるのです。
つまり、無駄や、余分というのは、そのような状況を生んだこと事態に問題があるのです。
一方、そうは言っても、景気や、時代の流れに伴って、必然的に会社の経営状況は刻々と変化します。そのため、ある時は必要であったものが、状況の悪化に伴って、大幅に縮小しなければならないこともあり得ることでしょう。
そのことを、私は無駄、余分だとは思っていません。そのような状況に陥り、縮小を余儀なくされてしまった状況におかせたことは、経営者が反省すべきだと思っています。
申し訳ない気持ちではありますが、お客さまの信頼を守り、ギリギリまでに体制を維持するには、やむを得ずに削減しなければならないのです。
しかし、削ることは、どんなにも有能であっても、無能であっても誰でもできます。
できるだけ削らず、削ることよりも、減った分を補うような取り組みをすることは、簡単ではないのです。
できるだけ削らない、これは彫刻家と同じことです。
しかも、私のような経営者は、削ることが仕事である彫刻家ではありません。できるだけ拡大し、できるだけ削らないようにすることが仕事なのです。
大きすぎる鼻は小さくできますが、一度削ってしまった小さすぎる鼻は、再び大きくすることはできないのです。
私の仕事は、削ることよりも増やすことだと思っています。
仕事が減って、人が余れば、仕事を増やすことを考えなければならないのが経営者だと思っています。
一度削ってしまったら、もう一度、元に戻すことは不可能に近いのです。それは、削ることになった理由があるからであり、どうしても削らなくてならない状況になったことは仕方ありません。
しかし、一度削ってしまったら、同じことを元に戻すことのではなく、別のところを増やす以外にないのです。削ったところはもう元には戻りません。別のところをいち早く探し、いち早く元の大きさに戻すのです。
そうしなければ、削るだけ削って、何れ削るところはなくなってしまうことでしょう。削ることがなくなるということは、ゼロになるだけです。削るだけでなく、増やすことを考えることのほうが重要なのです。
私は、できることなら削りたくありません。しかし、削らなければならないことも否定しません。しかし、そのような状況を招いたのは、削りたくないという気持ちが足りない私の責任なのです。
私は、できるだけ削りたくありません。私の仕事は、例え削らざることになったとしても、それを批判するのではなく、それを補い、そして、増やすようにすることなのです。
小さすぎる目は大きくできるが、一度大きすぎる目に削ってしまうと、小さくすることができないのです。削ることは、必要です。しかし、できるだけ削らないようにすることが重要なのです。
私は、経営者とは、増やしながら、無駄を省き、効率良くし、小さくすることではなく、大きく、あるいは強くすることだと思っています。
(次回に続く)
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投稿者 :堀田信弘: 2011年4月17日 05:39