【堀田信弘の今日の語録】 『この会社は、きっと伸びるだろうな。他の会社と違うことができること自体に可能性を秘めているから。』


リーダーについて  「活・喝・勝」


泣いて馬謖を斬る

東日本大震災が発生してから間もなく2ヶ月が経とうとしています。M9.0という巨大地震の震源地は、三陸沖で、最大震度は宮城県栗原市で観測された7でした。

それから約1ヶ月後の4月7日、宮城県沖を震源とするM7.1の地震があり、仙台市宮城野区では、震度6強を観測しました。

遡ること、今から約1年ほど前、文部科学省地震調査研究推進本部は、宮城県沖での巨大地震について、2010年1月1日から10年以内での発生確率は70%、30年以内では99%という高い確率で発生する地震が起こることを発表していました。

今から思うと、99%の確率は、発生しないかもしれない例外的な僅か1%を除いて、ほぼ間違いなく発生することを意味しており、かつ、30年以内という表現は、地球の歴史規模からすれば、いつ発生してもおかしくないことを意味していたのです。

このように考えると、地震調査研究推進本部は、今回の大地震が、仮に1年以内に発生することを知っていたとしても、30年以内の発生確率99%として発表できなかったのかも知れないと疑ってしまいます。

その理由に、昨日、静岡県を中心とする東海地震の発生確率が極めて高いことを理由に、突然、首相が記者会見し、中部電力浜岡原子力発電所のすべての原子炉運転停止を発表しました。

前述の、地震調査研究推進本部によると、M8.0程度の地震が、30年以内にくる確率は87%であると発表しました。

宮城県沖地震の時の99%という確実とは言えないにしても、87%というのはほぼ確実というようなもので、これまた地球の歴史規模からすれば、いつ発生してもおかしくないことを意味しているのです。

さて、なぜ、この時期に突然、宮城県沖よりももっと前から騒がれている東海地震のことについて話題に上げられたのでしょうか。

何となく、あまりのタイミングの良さに、私は、何か戦略性を感じてしまうところです。

宮城県沖地震を例にすれば、東海地震の発生が間じかに迫っていることは、誰もが異論はないでしょう。必ず発生するにしても、判らないのは時期だけです。

しかし、いつ発生してもおかしくないと言われれば、なるほどとなって、それに伴う処置には反対できないはずです。

しかも、原発を停止するということは、さらなる電力不足を引き起こすのです。それなのに、原発が被害を受けることを予測して、あえて今止めなければならない理由は何なのでしょう。

私は、逆説的に考えてみました。

東海地震のことはさて起き、恐らく、このままでは相当な電力不足が発生して、東北の復興事業にも影響するどころか、東京の経済活動に大きなダメージがでることが、予想以上に現実的になってきたのだと思います。確実に、大規模な停電が発生する事態が予測できたのでしょう。

そのための対策は、当時地である東北電力や、東京電力で計画停電などの対応が図られるのは間違いありません。しかし、それでも足りない場合にはどうすれば良いか、その答えに流れを作るために、あえて逆の原発停止という策を取ったのではないでしょうか。

中部電力浜岡原子力発電所が停止すると、中部電力管内にあるトヨタなどの生産に大きな影響を及ぼします。中部電力管轄までもが電力不足の範囲に広がってしまうのです。

また、中部電力は、余力分を一部の電力を東京電力、東北電力にも供給していますが、それもできなくなるでしょう。つまり、東京電力、東北電力に続いて、中部電力までもが電力不足を起こしてしまうのです。

それほどまでに地震の発生が切迫しているのなら、仕方ないかも知れませんが、もし、本当に地震が発生したとしたら、事前に原発を止めることを決断したことは将来褒め称えられることになるでしょう。

しかし、どこまで地震発生の予知が、科学的に高まっているのか分かりませんが、もし地震が発生しない場合には、空振りになってしまいます。

そこで、私が想像するに、今回地震の被害があった東北、東京電力だけでなく、日本全体を計画停電でできる体制にもっていこうとしているのだと考えます。

中でも、中部電力で電力不足が起これば、関西電力、北陸電力が、中部電力に電力を供給することになるでしょう。恐らく、東北、東京電力以外の電力を総活用する方法を考えたのでしょう。

しかし、そのためには、全国で電力が足りないという大義名分がなければ、他の電力会社の協力も得られず、その地域に住む人たちに反対されると考えたのでしょう。

もし、地震が切迫しているとしたら、今の国民のムードなら、誰もが少しくらいの節電や計画停電には納得してもらおうと思ったのではないでしょうか。

何れにしても、私は専門家ではありませんし、政治評論家ではありませんから、これ以上、私の空論を論じていても、何の足しにもなりません。

ただ私が感じたのは、私の予想がどうのというものでありません。私が、最も感じたのは、今回の一連の動きを見て、『泣いて馬謖を斬る』という戦略と相違点があるということなのです。

諸葛亮は、軍律を守る為に愛弟子を処刑することになり、馬謖のことを思って諸葛亮は泣いたとされています。

そこには、どんなに優秀で愛する弟子であっても、組織や国を守るためには、あえてそれを処分することで、その中にいる人たちにリーダーの思いを伝えようという思いがあるのでしょう。

このようなことは、会社の中でもあります。組織の心が乱れていたり、まとまりに欠けている時に、あえてリーダーは、その意識を統一させるために、最も辛い決断をして、リーダーの思いと部下の気持ちを一体化するのです。

ちなみに、諸葛亮の最も信頼する武将が馬謖だったので、他の武将から「馬謖ほどの有能な将を」と慰留の声があがったそうです。しかし、馬謖は、諸葛亮の指示に背いて敗戦を招いてしまいました。

諸葛亮は、どんなに有能で信頼していても、指示に背いて行動することは、組織の一員として許すことができなかったのでしょう。

なお、諸葛亮は「馬謖のために泣いたのではない」と言っています。諸葛亮は劉備から「馬謖をあまり重く用いてはならない」という言葉を残されていたにも関わらず、その言葉を守らなかった自分の不明を嘆き、泣いたとされている説もあります。

何れにしても、リーダーというのは、泣くほど辛い決断を、組織のためにはしなければならないということでしょう。そして、たった一つの重要のものを失ったとしても、全体を守る覚悟が必要なのでしょう。

(次回に続く)

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投稿者 :堀田信弘: 2011年5月 8日 05:50