私は、性善説にたった経営をしたい。(中略)
性善説と性悪説、結局は、どういう組織にどういう文化にするかどうかの違いである。どちらも一理あり、どちらにたって運営するかでその組織のカラーが形成される、それだけ。
人を信じられなければ性悪説で運営すれば良いし、信じるのであれば性善説で良い。その結果起き得ることは、どちらであっても肝要に受け入れるべきだ。結局は、誰も他人の全てを理解することは不可能なのだから。
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この言葉は、2005年2月7日に掲載した『性善説と性悪説』の中で用いられたものです。
世の中には、様々な人間がいます。悪い人も良い人もいることでしょう。悪い人に騙されるかも知れません。良いと思う人に裏切られるかも知れません。
結局、他人のことを全て理解しようとするのは不可能なのだと思います。もしかすると、騙されても、裏切られても、それは他人のせいではなく、自分の問題なのかも知れません。
私は、私を信じてほしいから、私も人を信じるようにしたいのです。簡単には、人を信じないと思っていたら、相手も自分を簡単には信じてくれないことでしょう。
私は、どうせ他人の全てを理解できないのなら、他人を理解することより、自分を理解してもらえるような生き方がしたいのです。
結局は、誰も他人の全てを理解することは不可能なのだ by 堀田信弘
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