顔というのは、身なりよりも、もっと人格を表すと言っても良い。どんなに身なりを整えても、顔に表れる人格は変えようがない。
人の顔は、成人するまでは親から貰ったものである。しかし、成人後の顔は、自分自身が造ったものだ。特に、目及び目の周りのシワは、日常生活で使われた筋肉の動きによって形成されるものである。その人の歩みが顔に表れるのだ。
何よりも自分の顔を客観的に捉えることが重要である。例えば、きつい目をした人がきつい態度を取るから、その人の印象はきつく思われるのである。きつい目をしていると感じるなら、きつくないように振る舞いをすることである。
そのようなことができる人は、実はきつい目をしていない。きついと自覚していないか、自分でもきついと思っており、その思われたくないと考えている人の態度は、必然的にきつくなる。自分の顔は自分で作っているのだ。
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この言葉は、2005年3月29日に掲載した『顔が人格を表す』の中で用いられたものです。
私は若い頃、人一倍、型にはまるのが嫌でした。誰にどう思われようとも、型にはまらない恰好をしたいと思っていたのです。
どんな恰好をしても、中身で勝負だ何て思っていたものです。
しかし、大人になって、中身で勝負する人ほど、恰好も気にしているということに気付きました。
やがて、多くの人と出会い、知り合いが増えると、類が類を呼ぶという自然な定理も、自然に受けとめられるようになりました。
顔に人格が表れるというのは、これもまた自然な定理のような気がします。
怖い顔つきを変えることはできませんが、怖い性格は変えられるはずです。その性格が顔を形成しているのだと思えば、自然なことなのです。
最低限、身なりを整えるのは社会人として必要なことです。それができないようでは問題です。しかし、どんなに身なりを整えとても、性格を変えなければ、顔に表れた人格は変えようがないのです。
どんなに身なりを整えても、顔に表れる人格は変えようがない。 by 堀田信弘
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